3.
*
遠くで聞こえる救急車のサイレンの音が聞こえる。
あの少年を運ぶ救急車のサイレンかもしれない。
私は根城にしているホテルの方角へ、足を向かわせていた。
海沿いから島の中心部へ向かう、大きな一本道の街道には、夜市が広がっている。
観光客が行き交い、人の熱気といろんな食べ物の匂いが混じる、独特の空気。
なんとなく今は、人混みを避けたくなって、脇の道へ逃げてみる。
脇の路地を歩き始めてすぐ、スマートフォンのバイブレーションが鳴った。
電話をかけてきた相手の名前を見て、やっとホッとする。
「もしも」『寝ぐらを変える。先に移動してくれ』
もしもし、と言い切る前に、彼は言葉を被せてきた。
電話越しに伝えられたのは、今まで生活していたホテルから、少し離れたところにあるホテルだった。
「急だね」
いきなりの宿泊先変更に驚いているのに、相手は構わず、部屋に置きっぱなしの荷物も持たずに直行しろ、と付け加えてくる。
「何かあった?」
もう一度尋ねてみる。
今までの電話越しの声音から、少し慌てているのだけは伝わった。
『証拠はない。万一を考えただけで、そんな深刻にならなくていい』
回りくどい言い方をするのは、いつも通り。
「万が一を考えるほどの?」
『監視されている……気がする』
彼の言葉は、歯切れが悪かった。
「了解」
道を一本逸れただけで、夜市の喧騒は聞こえてこない。
まばらにいる通行人を意識しながら、周囲を窺って歩く。
「何か心当たりが?」
『全く』
本当に心当たりがないのか、即座に返事される。
「さっき、私のところによくわからない襲撃者が現れたんだけど、そっちとは関係ないですか?」
『それはなんとも』
私の話に、彼はピンときていない。
『ただ、俺を監視しようとしているのは、相応の訓練を受けた人間だと思った』
だから、宿泊先を変えたのだ。
このまま迂闊に戻ったら、身の危険が及ぶと判断した。
私が追っ払った少年とは、また違う
「……先に移動しておきますよ。無事を祈ってる」
電話を切ってから、不意に後ろを振り返ってみる。
視界に入るのは、私の影だけ。なのに、じわりじわりと、冷や汗が背中を伝う。
死神が鎌を持って近寄ってきているような、感覚。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます