第67話 正しい選択

 莉子さんからメッセージをもらって、すぐに絋さんの部屋を訪れて相談することにした。

 まるで尾行されたかのような悪意のある写真に、二人して言葉を失っていた。


「……こういうことをされたのは、今回が初めて?」

「初めてです……。やっぱり危険ですよね、こんな写真を撮られたら」

「確かに何も言われないかって聞かれたら、厳しいとしか答えられないかな。けど杏樹さんは悪くないよ」


 絋さんの言葉が棘のように引っ掛かった。

 私は悪くない、それじゃ絋さんは?


 もしかして、私の身を案じて別れるとか考えているんじゃ?


 そんなマイナスな思考に引っ張られた私に気付いたのか、彼は私の頭をワシャワシャと撫でて、そのまま両手で抱き締めてきた。優しい体温が伝わってくる。きっと不安で泣きじゃくっていた子供が親に抱き締められた時って、こんな気持ちになるんだろうなって、思うような安堵で包んでくれた。


「そんな思い詰めたような顔をしなくてもいいよ。大丈夫、俺は杏樹さんと付き合うって決めた時から覚悟を決めていたから。別れるって一見責任を取ったように思うかもしれないけど、それはたんに逃げているだけだと思うんだ。最後まで、ちゃんと杏樹さんを幸せにしてこその覚悟だろ、きっと」

「でも、私——……」


 熱くなる目頭。溢れる涙。そんな私の頬を両手で包んで、今度は唇を重ね合った。


「大丈夫だよ、大丈夫……。俺も覚悟を決めたんだから、杏樹さんだって俺のことを信じてよ」


 黙って頷くことができたら、どれだけ幸せだろう。

 だけど、恐い。その選択が彼を過酷な道へと突き落とすことになるのなら、私は素直に頷くことができない。


「私、絋さんと別れたくない……っ、絶対に離れたくない」

「別れないし、杏樹さんから離れたりしないから安心して」


 だけど、好きだから。好きだからこそ離れる選択をしなければならない時もあるのだろうか?


 だって、こんな写真が世間に拡散されて、絋さんの評判に傷がついて職を失ってしまったら。私は一生、私のことを許せないと思う。

 やっと好きな仕事をすることができた絋さんの足を引っ張りたくない。彼の足枷になりたくない。


 その為には、ちゃんと写真を撮った犯人と決着を付けなければならないのだろう。


 それが例え、間違った選択だとしても。それが彼を守る結果になるのなら、私はその道を選びたい。


 ———……★


 次の日、いつものように学校へ登校していたのだが、案の定好奇の目に晒されることとなった。


「普段は澄ました顔をしてるくせに、どんな淫乱な姿で彼氏に迫っているんだろうね」


「相手の男もいい大人なのに女子高生相手に何してんだろうねー。常識のある男なら法を犯したりしないだろ?」


「きっと面倒なことになったら、ヤリ捨てるんだろ? 及川さんも可哀想ー」


 陰口って、本人のいないところでするから影口なんじゃないの? 悪意たっぷりの言葉に人間のカルマを垣間見た気がする。これだから人間は嫌いなんだ。


「本当に嫌になりますよね。面と向かって言う勇気はないくせに、陰でコソコソと言う人間って。人間としてクズ過ぎて信じられませんよね」

「そうそう、こんなの気にする必要ないわよ? 未成年と大人? 及川さんと絋って五歳くらいしか変わらないでしょ? アソコでコソコソ話している女なんて、父親と同じくらいのパパがいるって自慢してるの、莉子は聞いたことがあるからねー?」


 一人で歩く私に寄り添うように近付いてくれたのは、ミヨさんと莉子さんだった。


「大体、及川先輩と彼氏さんは真剣にお付き合いしてる関係じゃないですか! それをとやかく言う方が可笑しいし!」

「そうよねー。ミヨと鳴彦の方がよっぽど歪な関係だもんねー」

「ちょっと、莉子先輩は黙ってもらえませんか?」

「えぇー、何でぇ? 莉子は間違ったこと言ってないしィ!」


 いつもと変わらない会話なのに、どこかエールを感じる言葉に、思わず涙が込み上がった。

 絋さんだけじゃなかった……。いつの間にか私には、こんなにも優しい友達ができていたのだ。


「及川先輩、もし酷いことをされたら直ぐに連絡してください! ナル先輩が犯人をメッタメタノギッタギタにしてやるって言ってましたから!」

「えぇー、それって大丈夫なの? 鳴彦のことだから、それよがしにお返し求めてきそうじゃなーい? もちろんお返しは身体で♡って」

「だーかーらー、莉子先輩は黙ってて! これ以上喋ったら、その口を縫い付けてやりますからね!」

「いやーん、こわーい! こんなミヨのこと、鳴彦にチクってやろーっと♡」


 決して、いい友達とは言えない……むしろ悪友のような悪縁で繋がった私達だけど、今はこのやり取りが愛しかった。


 私達は陰険な陰口を跳ね除けるように、堂々と校舎へと歩みを続けた。


 ———……★


 水嶋「で、出遅れた……! 俺だって及川さんの味方だよって伝えたいのに!」


 水嶋くんは影から見守ることに慣れ過ぎて、タイミングが分からなくなったようです(どんまい!)

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