第53話 ここは天国ですか!
こうして終わった杏樹さんとの初デートだったが、見事に険悪な雰囲気と化してしまった。
家に戻ってきてから杏樹さんは部屋に籠ったまま一向に出てこないし、崇も千華さんも呆れた視線で俺を蔑んでいた。
「失敗したんですか? もしかしてこの場に及んで『やっぱり卒業までは出来ない』とか言ったとか?」
「違……! いい雰囲気だったんだよ! これ以上ないくらい幸せいっぱいで、俺にできることは精一杯した! したんだけど……」
そう、シたんだ。
あのまま展示に向かわずに観光名所を見てまわれば何事もなく終わったに違いないのに。
「もしかしてシユウですか? スゴい偶然ですよね、あんなところで遭遇するなんて」
サラッと告げた千華さんに驚いていると、彼女はスマホ画面を見せて重大な事態を教えてくれた。
「シユウのゲリラライブ、スゴい大反響ですよ! ずっと正体不明で活動していた歌い手がとんでもない美少女だって分かって、話題騒然です」
「ま、マジか……」
「マジも大真面目。でも遭遇しただけじゃ、こんなにはならないですよね? 一体何があったんですかー?」
ニヤニヤと近付く千華さん。そして呆れつつも逃しやしないと退路を断つ崇。
観念した俺は、包み隠さず全てを話す決意をした。
———……★
「え、シユウと対面したんですか? しかも好きって告白されて、杏樹ちゃんは略奪宣言までされたと!」
「何で断らなかったんですか! バカなんですか、絋さん‼︎」
阿吽の呼吸で責め立てる二人に圧倒されていた。
違うんだ……俺はちゃんと断ったんだ。
「杏樹さんの純潔を奪っておきながらこのオッサンは……! そりゃ杏樹さんも怒って部屋に篭りますね」
「オッサンって、崇! お前と俺は少ししか違わねぇんだからな!」
「あー、もう! そういうことじゃないでしょ! もう、杏樹ちゃん可哀想。せっかく大好きな彼氏と幸せいっぱいだったのに」
それを言われると何の反論もできない。
「っていうか、シユウって何者なんですか? 何でそんなに紘さんに固執してるんですか?」
三人で「どうしたものだろう」と唸っていると、二階のドアが開く音が響いて、そのまま足早に杏樹さんが降りてきた。
「あれ、杏樹ちゃん? どうしたの?」
息を切らしながらスマホを握りしめている杏樹さんに、千華さんが手を差し伸べた。
「あの……っ、今からシユウさんが来ます。何でか知らないけど、シユウさんがこのシェアハウスに来ます!」
「「「はぁ⁉︎」」」
何で、いや本当に、何なんだアイツ!
想定外の言葉に三人は混乱に陥った。
そもそも何でこの家を知っているんだ?
「略奪? え、本当に杏樹ちゃんから絋さんを奪いにくるの?」
「いやいや、千華さん面白がらないで! え、しシユウは何て?」
「あの、今から行くねとしか書いていなくて……」
すると来客を知らせるベルの音が聞こえてきた。もしかしてもう⁉︎
恐る恐るモニターを見てみると、そこにいたのはリクルートスーツを纏ったクールビューティーな女性。シユウではないけれど、誰だ?
「どちら様でしょうか……?」
『お初目申し上げます。私、シユウのマネージャーをしております
マジで来た——!
メリーさん並みのホラー感に、皆で泡めいていた。どうする? 逃げる? 追い返す?
「はい、そうです。今開けますのでお待ちください」
二つ返事で了承したのは千華さんだった。
いや、千華さ——ん! もう少し危機感を覚えてください!
とはいえ、ここまで来たなら真っ向勝負するしかない。ここは俺がバシッと引導を渡してやらねば。
ドアを開けると、そこには無表情のマネージャー滝さんとニコニコとご機嫌なシユウが立っていた。
「ひゃー、スゴい! オシャレな家ですね! シェアハウス? いいなーボクも住みたい! ねぇ、マネージャーボクも住んでいい?」
「いいわけないでしょ、全くアナタって人は……。この度はウチのシユウがご迷惑をお掛けして、本当に申し訳なかったです。これはほんの気持ちですので、お納めください」
そう言って差し出されたのは地元で有名な銘菓の重箱。いやいや、こんな菓子箱で済ませられる問題じゃないのだが?
「わぁ、KOWさん以外にも美男美女ばかり! ここは天国ですか!」
シユウは崇と千華さんを見てキャーキャー黄色い声を上げていて、褒められた二人も満更ではない顔で口元を緩めていた。
「え、シユウって悪い奴じゃない……?」
「可愛いね、シユウくん♡ え、女の子だからシユウちゃん?」
「えへへー、綺麗なお姉さんとお兄さんに撫で撫でされるの嬉しいなー♡」
すでに懐柔されている⁉︎
まるで人懐っこい子猫のように甘えるシユウに、皆甘々になっていた。
「あ、でも一番好きなのはKOWさんだよ?」
「いや、説得力皆無。この人タラシ!」
そんなコントみたいなやり取りの背後で「コホン」と咳払いをしたマネージャーは、何かを言いたげに俺に視線を向けていた。
「ご安心ください、一之瀬さん。ご覧の通りシユウは誰にでも好きだっていうヒトデナシなので」
「違う、違う! KOWさんだけは特別なの! だってKOWさんは見た目だけじゃなくて、本当に才能があって、優しくて!」
「——っと、性的な好きではなく、人間性とでもいうのでしょうか? そういう類なのでご安心下さい」
「違う違う! KOWさんだけは本気なの!」
いや、こんなふうに家に押しかけてくる人間の何に安心しろと言うのだろうか?
不安しかないのだが……。
「私の経験上、少し遊んであげたら落ち着くので、しばらくの間構ってもらえませんか? この子、それで満足しますから」
「いやいや、そんなことを言われても……。大家にも聞いてみないと、俺たちじゃ何とも」
「すでに不動産会社にも連絡済みです。ご安心下さい、一之瀬さんの雇用会社にも連絡済みです」
いや、それは安心ではなく脅しでは……⁉︎
こうして今話題の歌い手、シユウが追加住人となって、新たなシェアハウス生活が始まったのだった。
———……★
「それにしても美形揃い……! あの、皆様は芸能会にご興味はございませんか?? よろしければ一度ご見学に」
「マネージャー、さすが敏腕マネージャー。どんな時でも仕事に真っ直ぐ!」
最新話までお読み頂き、ありがとうございます! 中村青です。
一先ず第三章まで終わり……次回からシユウ加入編になります。シユウが入ることでますます混沌……いや、それでもイチャイチャ続けるお二人だと思いますが、お楽しみいただけると幸いです。
また、次回から更新が3日ごとになりますので、よろしければフォローを入れて通知を待って頂ければと思います。
いつもお読み頂いてありがとうございます✨
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