第50話 みーつけた!

 絋side……


 こうして更に関係を深めた俺達なのだが、どうも杏樹さんの距離感が本格的にバグってしまったようで、ずっと腕を組んだまま離れようとしてくれなかった。


 いや、嬉しいんだけど。幸せなのだけれども!


「杏樹さん、回りの目が。気になるので少し離れてもらえないかな?」

「何でですか? 私達は恋人同士だから何もおかしくないですよ?」


 いや、流石に公共の場では謹んでもらいたい。

 せめて手を繋ぐ程度で勘弁してくれませんか?


「絋さんがそうしたいなら……。でも新幹線ではもっと仲良くしましょうね?」


 意味深な笑みを浮かべて、君は一体何をするつもりなんですか?

 脳裏をよぎるエロ動画シチュエーション……。


 いやいや、学生相手にそんな変態行為ができるわけがない!


「それより、今日は楽しみましょう! それにしても昨日は平日だったから少なかったのかな? 今日は来場者が多いですね」


 平日の夕方だったのも原因だろうけど、確かに昨日に比べると人が多い。もう少しすんなりと入れると思ったが、軽く一時間は待ちそうだ。

 念の為に帰りの新幹線は指定ではなく自由席でチケットを購入していて正解だったかもしれない。


「——っていうか、何かイベントすんのかな? 特設ステージだよな、あれ」


 ビル前の広場で忙しく設営をしているスタッフを見ながら、幾多の人達がヒソヒソと話をしていた。もしかして特別ゲストでも呼んでいるのだろうか?


 もしかして作者とか? それとも主人公を担当している声優とか?


「ねぇ、絋さん。せっかくだから待ってる間に予習付き合ってくれませんか? 一緒にアニメ見ましょう?」


 イヤホンを片方渡して、またしても距離を詰めようとしてくる彼女に少し顔を顰めつつも、結局俺は受け入れて甘やかしてしまうんだ。


 こうして二人の世界へと入っていった俺達は、回りがどれだけ騒ぎ出そうと気にせずに没頭していた。

 だからまさか、ステージ上にが登っていたことにも気づいていなかった。


 ざわざわと騒がしくなる広場。

 真っ白なスクリーンに人影が映し出され、音楽が流れ出した。


「………何だ?」


 流石におかしいと気付いた俺達も、スクリーンへ目を向けた。この音楽は……?


 アニメのBGMからオープニングへと移り、そのままミックスされたエンディング曲が流れ出した。

 え、マジでゲスト来てんの?


「みんなー、今日はイベントに来てくれてありがとうございます! 知ってる人も、知らない人もコンニチハ! シユウです!」


 突然のサプライズに歓声が湧き上がった。聞いてないぞ、こんなイベント。

 シユウの名前に杏樹さんも、焦るように服の裾を掴んできた。


「実はボク、二期のエンディングを担当することになりまして……! アニメのヒット祈願も兼ねて、皆様に顔出しライブをしようと思っています!」


 爆音のような反応が起きた。

 何だ、何が起きてるんだ? 顔出し? はァ?


 んなこと、勝手にしていいから、俺たちを会場の中に入れてくれ! 俺はシユウの顔よりも展示を楽しみたいんだ!


 だが、次の瞬間に白銀のスクリーンに映し出された予告のアニメーション。まるで神動画のような編集に思わず視線が釘付けになった。

 これはテンションが上がる。この演出は憎すぎる!


 そして上がった幕の奥から出てきたのは、主人公達のコスチュームを纏った美少女だった。

 あれが噂の歌い手、シユウかと一番の歓声が上がった。


「皆さん、初めまして! シユウです! 今日は一足早く、皆様に新曲をお届けします!」


 一度聞いただけで耳に残る切ないイントロ、そしてテンポが上がって混沌したマンガ特有の世界観が鼓膜に襲いかかった。

 これはズルいだろう、カッコ良すぎる。


「——絋さん……?」


 杏樹さんの心配を他所に完全に魅入った俺は、すっかりシユウの才能にハマっていた。



 ———……★


 シユウside……


 とうとう正体を明かしてしまった……!

 ずっと覆面として活動してきたから不安もあったけど、実際に人前に出たら吹っ切れて、気付けば満面の笑みで歌い始めていた。


 気持ちがいい——、最高!


 両手を上げてサビを歌い切ったところで、ボクは一人の存在に気付いてしまった。


 ——マジ? マジマジマジマジ⁉︎


(あれってKOWさん⁉︎)


 思わず名前を叫びそうになったけど、人違いだったらいけない! でも、あんなイケメン、何人もいたら困ってしまうんだけど!


 でもでもでも、言いたい! もし人違いだとしても声を大にして言いたい!


「今日、ここの皆さんに出逢えた奇跡に感謝します! ボクは皆さんが大好きです!」


 気付いて、KOWさん! ボクは貴方のことが好き好き好きィ——‼︎



 こうして歌に想いを託して歌い切ったボクだったが、その想いは届くことなく……急いで舞台裏から観客席を覗き込んだが、KOWさんの姿は見当たらなかった。


「えぇぇー? もしかして白昼夢? 会いた過ぎて幻を見ていたの?」


 だが諦めてたまるか!

 ボクは変装用のウィッグを被り、メガネを掛けて会場へと探しに出た。


 ———……★


 この部外者シャットダウンのイチャイチャカップルに割って入ることができるのか、シユウくん⁉︎


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