第47話 こんな俺で本当にいいんですか?

 結局、メイドカフェでもパンケーキを食べて、予約していた店でもパスタを食べたので思ったよりもお腹が膨れてしまった。


「もう入らないです……。早く横になりたい」


 物販に特注メイド服、今日の戦利品を片手に俺達はホテルにチェックインした。


 さすが高ランクの豪華なホテルと言ったところか。

 広々とした清潔感のあるフロントに柔らかく沈む高級ソファー。予約画面を出そうと杏樹さんはスマホを取り出していたが、俺は画面を覆うように手を差し出した。


「スミマセン、予約をしていた一之瀬ですが、チェックインお願いします」

「かしこまりました。一之瀬様……はい、本日お二人で宿泊予定でございますね。オプションは手配済みですので、いつでもご案内できます。こちらが18階のお部屋の鍵ですので、素敵な時間をお過ごし下さい」

「18階……?」


 当初、自分が予約した部屋じゃないと気付いた杏樹さんは、慌てた様子で俺を見た。


「行こうか? 今日は疲れただろ。部屋でゆっくりしようか?」


 戸惑う彼女の手を引いて、俺達はエレベーターに乗って上がった。ガラス越しに見える夜景の光が眩い。いよいよか、と妙な緊張が身体を強張らせる。


「あ、あの……私、もしかして予約を間違えた……? こんな豪華な部屋」

「あー……ごめん。これは俺が勝手にしたことだから気にしないで? せっかく二人の初めてのデートだし、出来る限りいい思い出にしたかったんだ」


 カードキーで施錠を解除すると、グレーと白を基調にしたモダンな部屋が広がっていた。さすがグレードの高い部屋だ。部屋もベッドルームだけでなくカフェルームや夜景を楽しむカウンターまで用意されていた。この夜景を楽しみながら飲むお酒は、さぞ美味いだろう。


「どうぞ、杏樹さん。今晩は俺と一緒に……あー……気の利いた言葉も出てこないな」


 顔を顰めて頭を掻いていると、涙目になった彼女がギュッと抱き着いてきて、フルフルと顔を埋めてきた。


「紘さん……っ、私……こんな豪華な部屋じゃなくても良かったのに」

「——いやいや、だって杏樹さんは、俺なんかの彼女になってくれたんだからさ。少しでも幸せにしてやりたいって思うし、喜んでもらいたいし」

「だからって限度があります。この部屋、一体いくらしたんですか? 勿体無い……」


 それを言われると耳が痛いけど、旅行なんて何回もするものでもないし。

 こんな時くらい、いいんじゃないかと思ったんだ。


「俺はもっと君を幸せにしたいと思っているよ。まだまだ足りないくらいだ」

「もういっぱいです……。だって私は紘さんと一緒にいれるだけで、それだけで幸せなのに」


 やっと俺の顔を見た杏樹さんと目が合って、そのまま唇を重ね合って、互いを求め合った。


 首の後ろに手を回してギュッと抱き着いて、縋って縋って、距離を縮めて一つになることを望んだ。


「……杏樹さん、まずお風呂に入らん? 今日は色々歩き回って疲れたんじゃない?」

「——普通、このタイミングで言いますか? 紘さん、ズルい」


 それはごもっとも。

 俺も杏樹さんも完全にスイッチが入ってしまっている。だけどここで押し倒してしまったら、それはそれで後から悔やみそうな気がしたのだ。


「一緒に入りたいならそれでもいいけど? 今日は水着持ってきてないやろ?」

「うぅ……っ、絋さんの意地悪。入ってきます! その後、たくさんキスしてもらいますからね?」


 なんて可愛い遠吠えなんだろう。

 そんな反撃ならいくらでも喰らってやる。


 足早にバスルームへと向かった杏樹さんだったが、バスタブを見た瞬間に軽い悲鳴を上げて走って戻ってきた。


「紘さん! 薔薇! 薔薇の花弁はなびらが浮かんでいるんですけど!」

「うん、知ってる。オプションでつけてもらえるって聞いたからお願いしたんだ」

「可愛い、お姫様みたいー……♡」


 こういうところで喜ぶとか、やっぱり年相応の女の子なんだと実感する。とはいえ、確かにこれは綺麗だ。

 大きめな白い陶磁器のバスタブに真っ赤な薔薇が映画のワンシーンのように浮かんでいた。


「やっぱ俺も一緒に入ろうかな? それか動画を撮らせてもらいたい」

「なっ、へ、変態! それは流石にダメです!」

「いやいや、エロいの目的じゃなくて……。スゲェ映える画が撮れそうじゃん?」


 もちろん、別途自分用にも動画は作るが。


「ヤダヤダ、ダメです! さっきのメイドの格好ですら恥ずかしかったのに……!」


 確かにメイドの杏樹さんは世界で可愛いメイドさんだった。いつかメイド服を着たままプレイして欲しいと思うのだが、叶う日は来るのだろうか?


「一人で入ってくる? それとも一緒に入る?」

「い、今は一人で入ります! だから紘さんは出て行ってください!」


 グイグイと押されながら追い出されてしまった。最初の頃からは想像できないくらい砕けた行動に思わず口元が緩んでしまう。

 初めて会った時は見るもの全てが敵のように怯えていて、遠慮がちだったのに。


「……幸せだな。これからもずっと一緒にいれるんだ」


 感慨深い反面、これからの展開を思うと緊張で喉がカラカラになってしまう。冷蔵庫の中に入っていたミネラルフォーターを取り出し、一気に流し込んだ。


 そしてしばらくしてお風呂を済ませた杏樹さんが出てきた。

 半乾きの髪に、いつものパジャマを羽織って。


「ごめんなさい……どんな格好で出たら良いのか分からなくて」

「ううん、いいよ。俺もシャワーを済ませてくるから、今のうちに髪を乾かしてて」


 小さく縮こまった肩をポンと叩いて、バスルームへと入っていった。


 そう、俺達は——とうとうする。

 これから二人で、最後の一線を飛び越えるんだ。



 ———……★


「ドキドキドキドキ……。高鳴る心臓、高まる緊張」


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