第45話 幸せな日常
無事に新幹線に乗った俺達は、これから見に行く漫画の話や音楽を聞きながら道中を楽しんでいた。
一つのイヤホンを二人で分かち合って、これぞ理想の恋人達の時間だといっても過言ではない。
「ちなみに紘さんはどのキャラが好きなんですか?」
「俺? 俺はこの
「そうなんだ。ちょっと紘さんに似てる気がしますね」
そう笑みを浮かべる杏樹さんはヒロインに重なって見えた。こめかみから零れ落ちた髪が、顎のラインで揺れる。
その髪を指ですくって、そのまま頬、顎に指を当ててクイっと上げた。
「杏樹さんは俺のどこが好きになったん? 俺はイマイチ自分の良さが分かんないんだけど」
「え? 何でって、それは……頼りになるところとか?」
えぇー……? 思ったよりも曖昧な理由。
「一緒にいて安心できたし、気付いたら好きになっていて……雰囲気とか、仕草とか。私の意思を尊重してくれるところとか? そういう紘さんは私のどこを好きになったんですか?」
おっと、質問を返されてしまった。
俺が好きになったのは、やっぱり放っておけない危なっかしさ。俺がなんとかしてあげたい、守って上げたいって気持ちが募り募って大きくなった。
「杏樹さんには俺が必要なのかなって思わせてくれたところかな? 前から今もずっと、俺が幸せにしてやりたいって思ってるよ」
繋いでいた手がさらに複雑に絡み合って、そのまま肩にもたれるように頭を乗せてきた。
「——私はずっと、幸せです」
「なら、もっと幸せにしてやりたいな」
「私も……紘さんを幸せにして上げたい」
「俺は杏樹さんが傍にいてくれるだけで幸せだよ。だからずっと俺の傍にいてよ」
この気持ちがずっと続くとは限らないんだけれども、それでも俺は、ずっと彼女の幸せを願い続けられたら幸せだろうなと思った。
「もう、紘さん……せっかく綺麗にメイクをしてきたのに、泣かせないでくださいよ。そんな言ったら、本当にずっと傍にいますよ?」
望むところだ。そういえば最初に出会った頃に、色んなところに遊びに出掛けて楽しいを作っていこうと約束をしたことを思い出した。
これからもたくさんの約束をして、果たしていきたい。
俺は彼女の目尻の涙を指で拭い、そのまま優しくキスを落とした。
———……★
そして新幹線を降りた俺達は、そのまま会場へと向かったのだが、その圧倒的迫力に呆然と立ちすくしていた。
「——スゲェ、垂幕! オシャレ!」
「大きい絵ですね! あれ、主人公?」
「そう! 主要メンバーがそれぞれ決めポーズ決めてて、めっちゃテンション上がる! あれ、画集に収録されてんのかな?」
いい年した大人が子供みたいにハイになって、若干引かれているのが分かった。だが、このテンションを下げることは不可能だ。
「見て、杏樹さん! あれってOP等身大再現! さすがだな、やっぱコレは外せないよな! フィギア買いてぇー!」
「え、買うんですか? 今日?」
「今日買わないで、いつ買うん? もう、だから杏樹さんも原作追うべきだって言ったんに! 読んでたらこの感動を分かち合えたのに勿体無い!」
細波のように杏樹さんの気持ちが冷めていくのが分かる。ここで踏み止まらなければ。そう思いつつ「だから俺は一人で行くって言ったんだ」という気持ちも勝って歯痒さを覚えた。
いや、ダメだ。さっきの言葉を思い出すんだ、俺。
「……とりあえず、軽く回ろうか?」
「あ、はい! ごめんなさい、紘さんのいうことを聞かないで」
「いいよ、大丈夫。原作読まなくても何となくでストーリーわかると思うし。杏樹さんが好きだなーって思った絵を見てまわればいいよ」
自分一人だったら三倍くらいかけて回る順路を淡々と見て回って、俺達は物販を買って展示場を後にした。
「杏樹さん、どうだった……? 楽しかった?」
「え、えっとー……思ったよりも血がドバーッとしていてビックリしました。でも悪魔の女の子が可愛かったです。このポストカードの絵も綺麗だったし」
杏樹さんなりに歩み寄ってくれようとしている気持ちは伝わってきたが、楽しませて上げられた自信はやはりなかった。
せっかくの初デートだったのに申し訳ない。
「でも! 紘さんがこの漫画が本当に好きなんだっていうのが伝わってきて、嬉しかったです! もっと知りたいなって……次は私も一緒に楽しめたらいいなって思いました」
「杏樹さん……」
この子、本当にいい子なんだよな。
懸命に想いを伝えてくれた彼女の頭を撫でて、そのまま抱き締めた。周辺に多くの人がいるとか、コソコソ苦情を囁かれているなんて、この際もうどうでもいい。
「せっかくの初デートだから美味しいものでも食べにいこうか? 杏樹さんはイタリアンは好き?」
「は、はい! パスタもピザも好きです」
良かった。デザートが美味しそうな夜カフェの店を予約したので、挽回しようと再び歩き出した。
時刻は十八時を回ったところだ。この食事が終わったら、杏樹さんが予約をしてくれたホテルに向かって、俺達はとうとう結ばれるのだ。
(ヤバいな、そう思ったら緊張してきた)
初めてのセックスじゃないのに、やけに緊張して止まない。俺でこの状態なのだから、杏樹さんはもっと色々一杯だろう。
緊迫した空気の中、俺達は無言のまま店へ歩き出した。
———……★
「心臓が持たねぇー……。もう既にエロいことは経験済みなのに、情けねぇ。年上の俺がリードしないといけないのに……」
でも中村はこの時間、嫌いじゃないです(笑)
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