第44話 爆ぜろ、リア充ども

 結局、一時的に添い寝を解消させても意味がなく、金曜日までずっと俺の部屋に入り浸り状態だった。

 柔らかくて温かい舌の感触とねっとりした二人の間に漂う甘ったるい雰囲気。


 ——我ながらよく耐えたと思う。

 大好きなアニメをバッグにイチャイチャするのは、何とも言い難い背徳感があったが。


(俺、もうあのアニメをまともに見れねぇぞ?)


 薄暗い部屋でカラフルなテレビの光だけがチカチカして、貪るようにキスをする様は、とても良い子には見せられない光景だった。


「つーか、眠ィ! こんな状況で展示会楽しめんのかな、俺」


 新幹線のホームで学校帰りの杏樹さんを待っているのだが、楽しみ半分不安半分の初デートだ。

 本来ならもっと健全な、学生がするようなデートをする予定だったのに。初っ端からお泊まりデートって何だ?


(そもそも家に保護したのが始まりだし、普通じゃなくても仕方ないのかもしれないけど……)


 今更だけど、俺と関わらなければもっと健全で年相応の恋愛を楽しめたんじゃないかと思う時もある。

 こんな我慢ばかり強いるような、こんなんじゃなくて——……。


 喫煙室に入って、久々に煙草を口に咥えた。昔に比べればだいぶ本数は減ったが、それでも身体にもたらす爽快感が恋しくなる。


 時間を確認しようとスマホを取り出すと、タイミングよく杏樹さんから連絡が入った。無事に駅に着いたようだ。


 吸いかけの煙草の火を消して、煙たい部屋を出た。


「紘さん……、遅くなってすいません。お待たせしました」


 振り返るとそこには真っ白なワンピースを纏った美少女。視界に入った瞬間、俺は両手で顔を覆って蹲った。


(可愛い、可愛い、可愛い! 何、あの髪! サイド編み込み?)


 普段とは違う装いに完全カウンターを喰らってしまった。萌る、推せる!

 清楚系なワンピースにビジュが散らばった紺色のアウターを羽織って、好みの服装だった。


 ぜひ写真に収めて動画編集させてもらいたい。


「紘さんの服装、カッコ良い。このグレーのジャケット、大人の男性って感じ」

「いや、俺なんかよりも杏樹さんの方がずっと似合ってるよ。可愛い」


 素直な褒め言葉に杏樹さんは綻ぶように笑みを浮かべて「初デートだから、気合い入れてきました」と照れながら口元を覆った。指の隙間から見える淡く彩ったピンクのルージュが愛らしい。


「行きましょ、そろそろ新幹線の時間ですよね?」


 こうして俺達は手を繋いでホームへと歩き出した。


 ———……★


 ×××side


「ねぇマネージャー。あれからKOWさんから連絡あった?」

「いや、ないわ。え、もしかしてまた動画依頼でも出したの? あなたもKOWにばかり固執しないで、他の人のオファーも請けなさいよ?」

「それは嫌かも。だって……こんなに胸がドキドキして身体の芯まで熱くなった衝撃、生まれて初めてだよ? 実際にKOWさんのMVが一番反響あったでしょ? やっぱりあの人センスあるんだよ。そう、ボクにはKOWさんが必要なんだ」


 愛らしい唇に指を添えて、彩られた長い睫毛をバサバサと瞬かせて。歌い手として人気を博している美少女シユウは、絋の写真を眺めながら悦に浸っていた。


「好き好き好き……、この顔も声も、美的センスも言葉選びも、全部好き」


 彼が手に入るなら何だってする。


「やっぱり手っ取り早いのはお金? 月百万円でボクの彼氏になってって言ったら大人しく飼われてくれるかな?」


 ぶはっと勢いよく吹き出すマネージャー。

 うん、やっぱりナイスアイディア?


「な、何を言い出すの? あなたバカ? 大体そんなので釣れるヒモ思考の男に魅力なんて感じるの?」

「月百万でKOWの才能を独占できるのなら、安いものだとボクは思う」

「爆ぜろ、成金野郎! 何でこんなのが人気出てるのか、世も末よ!」

「それは敏腕マネージャーがボクのマネジメントを頑張ってくれているおかげだと思う。いつもありがとうね、マネージャー」

「本気でそう思っているなら、私の言うことを聞いてくれないかしらシユウちゃん?」


 だけどボクはニッコリ笑って、バッサリ切ってあげた。


「無理。それだけはマネージャーのお願いでも聞けないです。だってボクはKOWさんが大好きなんだから」


 でも今のままじゃ埒が開かない。

 だからボクはKOWさんにアプローチをする為に、大きな勝負に出ることにした。


「今まで正体不明で活動していたボクが、ゲリラでライブしたら皆ビックリするはず。KOWさんが作ってくれたMVをバックにヤっちゃおうかな?」


 幸い、ボクがエンディングテーマを任されたアニメの二期決定記念フェアーが行われている。そこでファンに向けてライブ配信を行う予定だ。


「もう、KOWさんのMVは使えないって。ちゃんとアニメの動画を使ってよね?」

「それじゃ、アンコールでいい?」


 この時のボクは、まさかその会場にKOWさんが来るとも知らずに、楽しく計画を立てていたのだ。


 ———……★


「ブッキングー! 病み沼女子、もう一人追加です!」

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