第21話 チュ……【♡有】
ある程度片付けを終えた頃、崇が夕飯をどうするか聞いていた。引っ越し早々料理をするのは面倒だし、だからと言って外食に出かける元気もない。
結局、近くのスーバーで惣菜や軽食を買って、四人で引っ越し祝いをすることとなった。
「絋さん、杏樹ちゃん、改めてよろしくお願いします!」
「こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします」
酎ハイ片手にハイテンションな千華さんと真面目な杏樹さん。対照的な女子なのに、仲良さそうなのが癒される。ニマニマしながら長時間愛でていられるほどのマイナスイオンを感じる。
一方、男性陣である俺達は、ビールを片手に唐揚げをつまみながらホームシアターの大画面に圧倒されていた。
さすがシェアハウスというべきなのだろうか? こんなオシャレなソファーに座りながら映画を堪能できるなんて贅沢の極みである。
「家電関係はほとんど崇達が使っていたのだけど、本当に良かったん? 初期投資って相当かかっただろう?」
「あー、その分引っ越し費用を出してもらったし、全然いいですよ。っていうか、スイマセン。今更普通の洗濯機を使って、干したりするのが面倒で。けど食器なんかも食洗機に入れ込むだけだから楽ですよ?」
備え付けの家具はほとんど使わず、AIで全て管理されている部屋。電気やエアコンはもちろん、掃除も料理もスイッチ一つでできてしまうのだから便利な世の中になったものだ。
(つーか、社畜やめてからの人生が変わりすぎて頭がバグりそうだ)
一日中日の当たらない職場で御前様まで当たり前の残業。家に帰ってもコンビニ弁当かカップ麺食べて寝るだけの糞つまらなかった人生。
それが今、こうして親友とその彼女、そして好きな人と一緒に笑いながら食卓を囲っているのだ。
ヤバ、泣きそう。
あの日、俺が杏樹さんを救ったのだと思っていたのだが、本当に救われたのは俺の方で、彼女の存在のおかげで未来に目を向けることができた気がする。
「んん、あー……ごめんなさい、今日はやっぱ疲れたみたい。私達は先に寝ますね」
眠たそうに目を擦りながら崇の裾を掴む千華さん。瞬時に生み出された甘ったるい空気に、その場にいた皆が『これが察すべき空気』と黙り込んだ。
そっと添えられた手がゆっくりと腕に絡み、そのまま胸の谷間へと沈められていった。
形状からして下着は付けられていると思うのだが、寄せられたマシュマロ肌に埋まった腕は、ただただ羨ましいとしか思えなかった。
「んじゃ、絋さん。俺達は先に上に上がります。おやすみなさい」
「お、おやすみ……」
早速ルール活用、羨ましい! あんなに甘えきった彼女と甘ったるい一時を過ごすのかと思ったら悶々とした嫉妬が腹の底で渦巻いた。
——だが、今の俺は一人ではない。
同じように甘ったるい空気に当てられた美少女が、真っ赤な顔を俯かせて座っていた。
「………絋さん。あの、私もそっちのソファーに行ってもいいですか?」
すでにお風呂も済ませていた杏樹さんは、ピンクのサテンのパジャマを羽織っていた。膝丈よりも上の短めのパンツから曝け出された真っ白な生足。あどけないスッピンに珍しく二つに髪を結って、可愛いにも程がある。
「ホットココアを淹れようと思いますが、絋さんも飲みますか?」
「ん、それじゃ頂こうかな」
ファミリーサイズの大きな冷蔵庫の中には、大量に買い足した食材が詰め込まれている。ビールや酎ハイ、カクテルシロップなど下手したら小さなバーを経営できるんじゃないかと思うほどの品揃えだ。もちろんおつまみやお菓子のストックも多い。
杏樹さんは温めたミルクにココアを入れ、さらにマシュマロを浮かべで渡してきた。
「最初、シェアハウスを始めたら絋さんとの時間がなくなっちゃうかなって思ったけど、こうして二人っきりになれて安心しました」
そう言って当然のように隣に座ってきた杏樹さんは、俺の二の腕あたりに身体を預けてもたれてきた。
羨ましいと思っていた崇の立場を、今、俺は体感しているのだ。
杏樹さんとのこの距離感は何度も経験済みなのに、未だに心臓がバクバクして落ち着かない。
「何だろ、なんか……スゴくドキドキしちゃう。変な汗が止まらないです」
しがみついている手と反対の手をパタパタと
「杏樹さん、せっかくなんだけど今日は上で寝ないほうがいいかも」
「え、何でですか? せっかく引っ越してきたのに部屋で寝れないんですか?」
幸い、一列に並んだ部屋は男・女・女・男の部屋に分かれているので、俺の部屋に寝れば邪魔することもないと思うのだが、崇との約束を思い出すと上がりにくかった。
一階にはリビングや水回りの他に、一部屋分ゲストルームがあるので、そこで眠ればゆっくりと休むことができる。
「俺達は一階で寝よう。邪魔しちゃいけないから」
「邪魔………っ!」
曖昧だった輪郭がくっきりと捉え、杏樹さんは分かりやすく頬を紅潮させていた。
自分の想像以上の行為がされていることに気付き、キャパオーバーしたと言ったところだろうか?
しかしそれはお互い様だ。
俺だって、実際に二人の雰囲気に当てられて、身体の芯が熱くなった。
「え、絋さん……?」
彼女の紅く熱った頬に手を添え、そのまま耳元に埋めるように唇を落とした。ビクッと震える身体。戸惑いの表情。
ごめん、杏樹さん。
これは全部、お酒のせいだ。
———……★
「こ、こ、絋さん……? い、今、え?」
タイトル回収、絋、お前かよ!(笑)
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