第11話 だんだん俺達はバグり始めた

「絋さん、すいません! 今日はこれで失礼します‼︎」

「杏樹ちゃん、今度一緒に遊ぼうね! 杏樹ちゃんに似合うショップを教えるよー」


 半ば崇に引きずられるように帰っていった千華さんだったが、残された俺達の気まずさは最高潮だった。


(千華さん、やってくれたなー! そもそも俺達はそんな関係でもないし、家族だなんて……)


 だが杏樹さんに好意を抱いていないかって聞かれると、否定できない。こんな彼女がいたら幸せだろうと思うし、自分に出来る限りを尽くして守りたいと思っている。

 もし俺の戸籍で守ることができるのなら、喜んで捧げる所存だ。


「た、確かにあのド変態野郎に連れて帰られるくらいなら、試してみてもいい一つの方法かもしれないけど、あまりにもぶっ飛んだ提案だよな」

「そ、そうですよね! 私もビックリして反応に困ってしまいました。で、でも……杏樹さんの言い分も最もかもしれないですね。私と一之瀬さんが家族になれば、きっと前薗家の人達も手が出せなくなるかも」


 え? えぇ?

 もしかして、本当に結婚する気か?


「あの、一之瀬さんさえ宜しければ、形だけでもなってみませんか?」

「形だけでも?」


 って、どういう意味だ?

 俺が眉を顰めながら首を傾げていると、杏樹さんは姿勢を正して話し始めた。


「偽装カップル……? 偽装婚約者? 本当に家族にならなくても良いので、とりあえず付き合ってみませんか?」


 ——え? 偽装? とりあえず?

 どっちなんだ? え、え??


 杏樹さんの提案に頭がバグり始めた。やっぱり杏樹さんも無職の元社畜とは身を守る為でも付き合いたくないって言うことなのだろう。


(やべー、危ねぇ! もう少しで告白するところだった! だよな、やっぱり俺のような男とは付き合いたくねぇよなー……)


 本来ならば「バカにすんな、コンチクショー!」とちゃぶ台返しをして追い返すところなのだが、その言葉を飲み込んでしまうほど

 彼女に好意を抱いていた。それでも彼女の役に立ちたかった。


「——いいよ、分かった。婚約者の振りをしよう。とりあえず杏樹さんが高校を卒業するまでの間、俺が君を守るよ」


 決意をして手を差し出した俺に応えるかのように、杏樹さんも笑みを浮かべで「よろしくお願いします」としっかりと握ってきた。


 ———……★

 杏樹side


 千華さんに言われて、私は今まで以上に一之瀬さんを異性として意識するようになっていた。


(一之瀬さんと家族……? それって一之瀬さんと結婚するってこと? ま、まだ付き合ってもいないのに⁉︎)


 こんな素敵な人……今は彼女がいなくても、他の女性が放っておかないはずだ。切れ目の瞳に中性的な雰囲気。アッサリした性格なのに人情に溢れた性格も好感がもてた。

 身長は低めかもしれないけれど、一五五センチの私からしてみれば十分だし、高圧的に感じない分プラスだった。


 でも一之瀬さんは、何度か添い寝をしても手を出してこなかった鉄壁の男。きっと私みたいな子供に興味がないのだろう。それとも私を異性としてみていないのか……。


 それでも——私は彼の優しさにつけ込むように一つの提案を申し出た。


「偽装カップル……? 偽装婚約者? 本当に家族にならなくても良いので……」


 自分で言っていて胸が詰まりそう。そう、できれば付き合いたい。他の女の人なんかに渡したくない。だから一之瀬さんさえよければ……。


「とりあえず付き合ってみませんか?」


 もしかしたら付き合うふりをしているうちに、私のことを女として見てくれるかもしれない。一之瀬さんなら性の対象として、エッチの対象として好きになってくれてもいい。

 私なんかに興奮してくれるなら、喜んで捧げるのに——……。


「いいよ、分かった。婚約者の振りをしよう。とりあえず杏樹さんが高校を卒業するまでの間、俺が君を守るよ」


 やっぱり、一之瀬さんならそう言ってくれると思っていた。

 彼の優しさにつけ込んで、本当に私は卑怯者だけど、一先ず一之瀬さんと一緒にいれる時間を確保することができた。


(高校卒業までの間に、一之瀬さんに好きになってもらおう)


 だから手始めに、呼び方から変えていこうと思う。


 私は一之瀬さんの手を取って、そのまま胸元に飛び込むように抱き着いた。


「それじゃ、これからは一之瀬さんじゃなくて絋さんって呼びますね。だって婚約者なのに名字で呼ぶなんておかしいから」


 違う、本当は千華さんが絋さんって呼んでいるのが羨ましかっただけなんだ。これは単なる嫉妬だったけど、便乗して呼び方を変えよう試したのだ。


「それと……これからも添い寝をしてもらってもいいですか? だって何もしてないと嘘ってばれちゃうかもしれないし。いくら形だけって言っても、それくらいはしていた方がいいと思うので」


 少し強引な言い方だったかもしれないけれど、そうでもしないと彼を落とせる自信がなかった。意識して貰うためには手段を選んでいる場合じゃないのだ。


「分かった、いいよ。杏樹さんがそうしたいなら、そうしよう」


 こうして私達の攻防戦が始まったのだ。


 ———……★


 鳴彦「ん? おいおい、コイツら、俺の存在忘れていないか? 俺をダシにしてコラァ!」


 案外、杏樹ちゃんもしたたかかもしれないですね(笑)

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