第10話 千華と杏樹(似たもの女子)

「俺だけだと警戒してしまうかもしれないので、一応彼女と一緒に行きますね」


 そう言って俺達は一時解散したのだが、崇の彼女か……。崇曰く、オシャレ美女(ただし不思議ちゃん)だと聞いたが?


 元々崇はモサっとした冴えないオタク男子だった。宇宙とか化学が好きで、ザ・男子校生なイメージだったのに、今では髪をワックスで形付けて眉も綺麗に整える爽やかイケメンと化していた。それも全部彼女の千華ちかさんのおかげなのだから、相当な猛者なのだろう。


「しかし、崇が不安になる気持ちも分かるけど、心配する必要ねぇんだけどな」


 あるとしたら添い寝を追求してくることくらいだろう。

 とは言え、同性の知り合いができるのは杏樹さんにとってもいい傾向なのかもしれない。期待半分、不安半分で家へと歩き出した。


 ———……★


「初めまして、絋さん、杏樹さん。私、崇さんの彼女の千華ちかと申します。よろしくお願いします」

「あ、えっと、一之瀬さんにお世話になっております及川おいかわ杏樹あんじゅです。よろしくお願い致します」


 何とも言い難い不思議な光景が目の前に繰り広げられていた。二人ともどこか憂いを帯びた美少女——なのだが、千華さんはどこかフワフワした雰囲気が漂っている。たしか杏樹さんより一つ上の十九歳と聞いていた気がするが、こんな美人と付き合っているなんて、崇も隅に置けない奴だ。全くもって羨ましい。


「杏樹さんってスゴく可愛いですね! 髪色は地毛ですか? 綺麗なミルクティ色。肌の色素も薄いし、もしかしてハーフですか?」

「え? よく分かりましたね。ハーフじゃなくてクォーターですが、祖父がイギリス人でした」

「やっぱりですか? だからこんなに可愛いんだ。瞳の色も綺麗だし、スタイルも良いし羨ましいです!」


 ——全然気付かなかった。

 最初は警戒していた杏樹さんも、千華さんの雰囲気に和まされて表情が柔らいできたように見える。

 そんな光景を男性二人は口も挟めず黙って眺めていた。


「……いつの間にか仲良しになってますね」

「そうだなー。キャッキャしてて可愛らしい」

「千華さんって、あの見た目だし性格もズケズケだから、あまり同性の友達がいないんですけど、杏樹さんとは気が合いそうですね。元々可愛いものとかオシャレなものに目がないから、杏樹さんのことが気になって仕方ない感じもするけど」


 見た目が良すぎる故の負産なのだろう。

 案外、美人同士の方が妬みがなくて上手く付き合えるのかもしれないなと、しみじみと考えていた。


「え、杏樹ちゃんって身内からストーカーされていたの? それは大変だったね。私も崇さんの元カノの彼氏に拉致されたり、色々あったから気持ちわかるよ。頭がおかしい変態達には常識が通じないから、自分の身は自分で守るしかないもんね」


 ふぅー、千華さん、マジで毒舌! 容赦ないね。


「でも具体的にどうしたらいいんでしょうか? さっき一之瀬さんから十八歳でも未成年監禁で訴えられる可能性があるって言われたんですけど……」

「法律の改正で変わったけど、やっぱ学生だし、弁護士の出方次第では訴えることもできるってことだろうね。一応、杏樹ちゃんのご両親が亡くなってから身元引受人になったのは前薗家の人だし……ちょっと絋さんの立場は弱いですよね」


 そう言われると、ぐうの音も出ない。

 俺達は顔を見合わせて、どうしようかと顔を顰めた。


「……あの、絋さん。ちょっと言わせてもらってもいいですか?」


 ずっと口を閉じていた崇が恐る恐る手をあげて、発言の許可をとりにきた。


「さっきから不思議に思っていたんですけど、絋さんと杏樹さんって付き合ってないんですよね? ただの助け合っている知り合いなんですか?」


 ——いやいやいや、何を言っているんだ、崇さん。

 そもそも俺達はそんな関係じゃないし、出会って間もない浅い関係だ。

 いくら一つ屋根の下で生活をしているからって……。


 だけど言葉にするには寂しい気もするし、でも肯定しないと自分だけが勘違いしているようで恥ずかしい気もする。


(でも、俺のような元社畜が、こんな可愛い子に好かれるわけがない。きっと彼女は都合がいいから俺を頼っているだけで、そんな夢のようなことが起きるわけがない)


 なのに戸惑った杏樹さんの表情を見ていると、多少なりに期待してしまう自分がいる。

 まさか、奇跡が起きているのか?


「あ、そうだ! 絋さん、良い方法がありますよ。向こうに訴えられるのが怖いなら、先に家族になってしまえばいいんですよ」

「「なっ……⁉︎」」


 千華さ——ん!

 何、この子! 人が切り出しにくいことをグイグイ口にするなぁ、おい!


 杏樹さんも耳まで真っ赤にして戸惑っている。今後が気まずくなる発言だけは控えてほしいんだけど?


「でも絋さんって杏樹ちゃんのこと、好きでしょ?」

「いっ、それは——!」


 いつの間にか俺に視線を向けていた杏樹さんと目が合った。いや、違……違わないけど!


 こうして、自分史上最も気まずい時間が過ぎていった。


 ———……★


「ぐわぁっ! ち、千華さんの爆弾、久々過ぎる! や、やめてくれ、マジで!」


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