第8話 一緒に寝てもらえませんか?
結局、糞変態屑野郎「鳴彦」のせいで晩飯を食い損ねた俺達は、冷蔵庫のあり合わせで済ませることになってしまった。
「簡単な野菜炒めとスープくらいしかできませんが、いいですか?」
早速購入したエプロンをつけて、幸薄美少女杏樹さんがキッチンに立って調理を始めた。
うん、なんて包丁が似合うんだろう。いつ彩られてもおかしくない鮮血を想像してしまい、肝が冷える(包丁の用途が違う)
——と、言うよりも……普通に萌えるシチュエーションなんですが?
ここ数日、オカズだけは豊富なのに、一向に発散できないから悶々としてどうしようもない。今直ぐにでもスカートの裾を捲り上げて合体したい(末期症状)
(だが、そんなことをしたら屑変態の鳴彦と同類になってしまう。あの野郎のように杏樹さんを傷つけることだけはしたくない)
だからと言って発散する機会もなく、ウダウダと耐えるしかなかった。
「一之瀬さん、大丈夫ですか? 肉野菜炒めと玉子スープできました。美味しくなかったら残してもいいですからね」
ニンニクと胡麻油の香りが漂う。これ、絶対に美味いやつだ。
そもそも家族以外の女性の手料理なんて初めて食べる。もしかして俺って、かなり役得なんじゃないだろうか?
いい具合にしなったキャベツに黄金色の飴色玉ねぎ。彩を飾っている人参に食欲を誘う肉。そして胡麻油が香ばしい玉子スープ。
「俺、生きてて良かった……! 鳴彦、ごめん。お前が欲しくて欲しくて堪らなかったものを、俺はいとも簡単に手に入れたようだ」
「え、え? なんで
あまりの申し訳なさに意味不明な言葉を発してしまった。俺としたことが、あんな屑野郎に気兼ねなんて不要なのに。
「いや、でもマジで
「私にできることなんて、これくらいなので……。ちゃんと買い物をしたら、一之瀬さんの好きなものも作れるんですけど」
「いやいや、残り物で作れるってところがスゲェんだって。杏樹さん、いいお嫁さんになれるよ。俺も一生食いたいくらい好きだし」
あまりの美味さに本音を連ねる俺に、杏樹さんは茹タコのように真っ赤っかになっていた。
「い、一之瀬さん……ほ、褒めすぎです」
「え、美味いものに美味いって言うのは悪いことじゃないだろ? むしろもっと褒めたいくらいだよ」
「ち、違う……そっちじゃなくて。ずっと食べたいとか、そんなのまるで………」
歯切れの悪い杏樹さんに首を傾げながら、俺はご飯を平らげ続けていた。
———……★
そして夜になり、俺達は早速家具屋で買ってきた布団にカバーをつけて夜の支度を始めた。パーテーションも購入したおかげで少しはプライベートが守られている気もしなくもない。
「んじゃ、今日は早めに寝ようか。杏樹さんも明日から学校やろ?」
正直、鳴彦がいる高校に杏樹さんを行かせるなんて、恐ろしくて気が気じゃないのだが、だからと言って休んでばかりだと杏樹さんの経歴に傷が付きかねない。あんな屑野郎のせいで高校中退になってしまったら、一生恨んでも足りないほど罪深くなるだろう。
早急に打つ手を考えなければ……。早速
お互いベッドに潜り込んで電気を消そうとした、その時だった。モジモジしていた杏樹さんが、おねだりするように上目遣いで見つめてきた。
「あの、一之瀬さん……せっかく寝具まで買ってもらって申し訳ないんですけど、よろしければ一緒に寝させてもらえませんか?」
「え?」
寝させて? どう言う意味だ?
「今日、久々に鳴彦さんに会って、恐くなってしまって……。一人で眠るのが不安なんです。でも傍に一之瀬さんがいてくれるって思ったら安心して眠れると思うので」
「いやいやいや、十分傍にいねぇ? ワンルーム、数メートルしか距離ないし! 大丈夫、この部屋に鳴彦は来ることないし、来たとしても俺が守ってやるから。杏樹さんは何も心配する必要ねぇから!」
「でも人肌が欲しいんです。お願いします……」
うっ、マジか……。
だが、こう頼まれてしまうと「No!」とは言えなくなる。
せっかく買った布団やパーテーションが無駄になってしまうのは勿体無いが、仕方ない。俺も杏樹さんを幸せにすると宣言した手前、拒むことはできなかった。
「………ベッドと布団、どっちがいい?」
「一之瀬さん……! ありがとうございます。それじゃ、ベッドで」
緊張が解けて綻んで笑う杏樹さんをみて、仕方ないなと観念した。
だが、せっかく用意した枕をヒョイっとソファーに投げて、彼女は俺の腕を枕にして横たわってきた。
身動きが取れない半身。唯一取れる動きは杏樹さんに覆い被さるエッチな体勢だけだ。
相手の呼吸音も聞こえる……いや、もしかしたら心音すら聞こえているんじゃないかって思うくらい近い距離。生唾を飲み込む。体温が空気を伝って感じてしまう。
「……やっぱり、そうだ。一之瀬さんの傍にいると安心する」
少しずつ距離を縮めてくる杏樹さんに、恐怖しか感じなかった。待て待て、これ以上近づいてきたら、同意したとみなして抱くぞ、俺は。
「体温が高いのかな? 抱っこしていると眠たくなる赤ちゃんみたいな現象なのかもしれないですね。気持ち良くて、安心します」
俺は一切安心できない。
いつ俺の下半身が爆発してしまうかと、一秒たりとも落ち着くことができない。
「おやすみなさい、一之瀬さん」
「——おやすみ、杏樹さん」
って、眠れるか、コンチクショー!
こんな状況にも関わらず、すぐに寝息と立て始めた杏樹さんを恨みながら、俺も必死に羊の数を数え始めた。
———……★
「え、フラグ? フラグは立ってるのかって? そんなの決まってるじゃないですか! 杏樹ちゃんも頑張ってるんです。それに気付かない絋が鈍感過ぎるんです」
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