第7話 イケメンなのにクズ過ぎる男

「私が遠縁の前薗まえぞの家に引き取られたのは一ヶ月ほど前だったんですが、長男の鳴彦なるひこさんは会った時から妙に馴れ馴れしくて……」


 思い出す度に顔を顰めて、心底嫌っているのが分かる。


「最初は両親が亡くなって可哀想だねって親身に話しかけて下さっていたんですが、妙に距離が近くて……。急に肩を抱いてきたり、手を握ってきたり、最終的にはキスしてきそうになったり」

「き、キス⁉︎」

「し、してないですよ? いきなり目を瞑って迫ってきたから、ビックリして逃げました」


 未遂で済んで良かったが、同居人から迫られた杏樹さんは気が気じゃなかっただろう。


 あの男、自分が高身長のイケメンだからって調子に乗っているな。女が皆、自分に好印象だと思ったら大間違いだ。


「それからしばらくして洗濯物が紛失するようになって」


 ま、まさか——?


「明らかに数が足りなくなってきたからオバさんに確認したけど、誤魔化されたり逆ギレされるだけで。諦めかけていた時に部屋にいた鳴彦さんが私のブラジャーに顔を埋めて匂いを嗅いでいたんです」


 ゾワゾワゾワーっと全身に鳥肌が立った。

 杏樹さんが追い詰められるのも分かる! 人間としてアウトだろう? 変態が家の中にいるなんて、正気でいられない!


「私が入浴中にわざと洗面所で何か始めたり、着替えの最中にノックもしないで入ってきたり。気持ち悪くて気持ち悪くて……」

「いや、それは仕方ないって! 俺が杏樹さんでも同じ気持ちになる! むしろそんな環境でよく耐えられたよ。そして逃げてくれて良かった」


 もし我慢し続けていたら、杏樹さんは取り返しのつかないことになっていたかもしれない。彼女の肩を抱きながら肯定していると、瞳に溜めていた涙がポロポロと溢れてきた。


「一之瀬さん……私、怖い。もうあの家には戻りたくない……!」

「戻る必要はねぇよ! 俺のことなんて気にしないで、ずっとここにいればいい。必要なら俺が対抗策を考えるよ。俺の友達に詳しそうな奴がいるから……確か崇の彼女が元彼と揉めた時、色々相談したって言っていた気がするし」


 そもそも居候させてもらっている遠縁の親戚に何の権限もないし、杏樹さんも十八歳で世間では成人扱いだ。放っておいても問題はないはずだ。


「とりあえず弁護士に相談して、接近禁止令だけは出してもらうか。近付いてきたら遠慮なく警察に通報だ」


 気休め程度にしか効力はないかもしれないが、それでもしないよりはマシなはずだ。崇や彼女にも相談して、色々計画を立てなければ。


「あの、どうして一之瀬さんは……他人の私の為にここまでしてくれるんですか?」

「ん、それってどういう意味?」

「だってそんな、時間もお金もかかるし、何よりも一之瀬さん自身に危害が加わるかもしれないのに。普通なら面倒ごとに巻き込まれたくないって突っぱねるようなことなのに」


 確かに杏樹さんの言い分は最もである。

 だが、そんな寂しいことを言わないでほしい。


 確かに俺と彼女は出会って数日の短い付き合いだ。しかし他人事には思えないし、何よりも杏樹さんに幸せになってもらいたい。


「今のままじゃ、杏樹さんは『この世はクソだ』って思いながら嘆き続けるだろう? それが嫌なんだよね。確かに生きているだけでクソだし無理ゲーだけど、俺が楽しいこともあるってことを教えてやりたいんだ」

「一之瀬さんが……?」

「杏樹さんがって思うよりもって思えるようになるまで支えるのが俺の目標。だからさ、杏樹さんが幸せって感じるまで俺が傍で支えてやるから安心しな?」


 無職の元社畜がどの口叩いているんだって言われそうだが、うん。彼女を守る為ならどんな仕事だってやってやる所存だ。


「でも、もし……私がずっと幸せって思えなかったら、一之瀬さんはずっと……ずっと私の傍にいてくれるってことですか?」


 それって言い方を変えたら一生杏樹さんに尽くし続ける奴隷ってことか。

 俺もおかしくなり始めてんのかな? 彼女の為ならそれでもいいと思っている自分がいる。社畜根性が病的に根付いていることを痛感してしまう。


「その代わり、死にたくても死なせてやんないけどね」

「ふふっ、一之瀬さんって……本当に変な人。私も一之瀬さんとなら見つけられるかな」


 本当は「俺が幸せにしてやる」って言いたかったけれど、変態親戚のせいで病んでいる杏樹さんには負担になるだろうから。俺は自分の気持ちに蓋をして、足長おじさんに専念することを誓った。


 ———……★


 その一方、行方不明になっていた杏樹さんを見つけた鳴彦は、自室で狂ったように彼女の私物を漁って発狂していた。


「あの女、俺という男がいながら他の男に色目を使いやがって! クソクソクソ、親が死んで不幸な目に遭ったからと思って優しくしてやったらつけ上がりやがって生意気なんだよ! これって浮気だよな? 俺のことを裏切ったってことだよな? 絶対に許さねぇ……あの女、はらむまで犯して、一生俺の性奴隷としてはべらかしてやる!」


 部屋中に散らばり刻まれた衣服や下着。

 そう、俺達はこの変態を甘く見ていた。コイツはドがつくほどの自己中で、救いようもない変態だったのだ。


 ———……★


「誰か、誰か110をお願います! 変態です、器物損害です!」


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