第2話 誰かを救いたいと思うのは浅はかな願いなのか?

「うおぃ! いつの間にそんな場所に⁉︎」


 落下防止の為に高々と作られたフェンスだけれども、生気ゼロの幸薄な雰囲気のせいで最悪なシチュエーションしか想像できない。


 この状況に焦った俺は、傘を差さずに走り出していた。廃れた商業ビルなのか、施錠もされていなくて不用心にも程がある。

 これでは死人が出て土地価値が下がっても文句は言えないぞ、コンチクショー!


「おい、お前! 早まるな!」


 扉を開けたと同時に、俺は思わず叫んでいた。

 本来ならば挑発させずに宥めなければならないのに、平常心を失っていたせいで思ったまま行動へと移していた。


「………え?」


 ずぶ濡れの幸薄少女は、フェンスに手を掛けたまま立ちすくんでいるようだった。

 幽霊のように生気のない青白い肌に猫目の大きな瞳。水も滴るいい女——と言っても過言ではない。


 息を呑むほどの美少女だ、コイツ!


「な、何ですか? 私に何か用ですか?」


 何事もなかったかのように振る舞う美少女。

 いや、何ですかって、今にも飛び降りそうなアンタを止めようと。


「こんな雨の中、今にも死にそうな顔の奴が屋上にいたら、気になって心配するもんだろう? せっかく可愛い顔してんだから、こんなところから飛び降りるなよ! 人間、死ぬ気でやり直せば何とかなるもんだ」


 手を差し伸べてジリジリと距離を詰めたが、美少女の警戒心は緩むどころか強まっていく一方だった。


「と、飛び降りるだなんて人聞きの悪い。そんな、まるで私が」


 分かりやすく目を泳がせて。正直者か、コイツ!


 一先ず腕が掴めるくらいの近さになった為、手のひらを掴んで指を握った。

 芯まで冷えたという表現のとおり冷え切った身体に触れ、そのまま無意識に包み込むように抱き寄せていた。


 ———ふぉ……っ! 俺、完全不審者⁉︎


「ひぃ……っ!」と咄嗟に突き放そうとしたが、あまりに軽い身体に行動を躊躇してしまった。


 詰んだ……。

 俺、どうすればいいんだ?


 俺の腕の中でアワアワと泡めいている美少女は、逃げようと必死に踠いていた。


「な、何なんですか? アナタは一体……⁉︎」


 自分でも分からねぇよ、本当に!

 ただ、直感で放って置けなかったんだ。


「くっ、仕方ねぇ……! お前の不安は俺が聞いてやる。だからその、一先ず俺の部屋に来ないか?」

「———え?」


 これがもし少女漫画なら「トゥク……ン」と胸が高鳴るところだろうが、現実は甘くなんてない。

 不信感満載な表情で、顔を顰めた少女の顔。


「いや、こんな雨の中、傘もささずに歩いているから、服がずぶ濡れで下着が透けてんだよ! そんな格好で街中歩いてみろよ。変質者に連れ去られるぞ?」

「変質者……?」


 おい、そんな目で俺を見るな!

 違う、俺はお前の透けブラに釣られてきたんじゃねぇよ!


 クソっ、数分前の俺! こんな窮地に追い込まれるくらいなら放っておけばよかった‼︎


「お前みたいな情緒不安定な奴がいたら、心配して声をかけるもんだろう?」


 わりかし本気で言ったのだが、その言葉に彼女は表情を曇らせて俯いて言葉を発した。


「そんな偽善な言葉。言うだけなら誰でもできるんです……。私のことなんて気にしないで、。放してください」


 確固たる決別に、そのまま腕を緩めそうになったが、ハッと我に返った俺は頑なに抱き締め返した。


「な……っ、放して下さい! 私のことなんて放っておいて下さい!」

「んなこと出来るか! 一先ず服を貸してやるから来い!」

「嫌です! 放っておいて下さい! 私はもう生きていきたくないんです!」


 コイツ……っ、ふざけんな!

 やっぱり自殺志願者かよ。ここまで聞いておいて、今更「はい、分かりました。さようなら」なんて言えるわけがないだろう。


「助けさせろ! 俺はお前のことが放っておけないんだ!」


 ぐしゃぐしゃに泣きじゃくる彼女の顔を両手で挟み込んで、俺は正面から向き合った。


 自分のことすらまともにできないくせに。自分のことで手一杯なくせに、安易に手を差し伸べた自分を後々後悔しそうだが、この時ばかりは衝動的だった。


 こうして元社畜で人生マイナススタートの俺と杏樹さんは出逢った。後戻りはもう出来ない。俺たちの関係は始まってしまったのだ。



 ———……★


「まさか社畜から抱き枕にアップデートされる未来が待っているだなんて、この時の俺には想像すら出来なかった……」


 羨ましい人生だね、絋!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る