第1話 少し重たい現実。いや、かなり?
『なぁ、
そう限界を電話で告げてきた同期の
入社当時は夢や希望を抱いていて出社していたが、数日で現実を思い知らされて粉々に打ち砕かれた。
毎日職場と家の往復。手軽で低価格なインスタントな食事ばかりで不健康になった身体。やつれた顔、常時残る目の下のクマ。
(——ヤバい。このまま社畜のままでいたら、俺も死ぬ。いや、殺される)
同期の言葉でやっと目が覚めた俺は、そのままメンタルクリニックへと駆け込み、現状を診断してもらった。
一人で辞められる自信がなかったので、然るべき団体や公共施設を利用して、無事に退職して逃げることができたのだ。
ちなみに俺よりも先にリタイヤした一生がどうなったかは知らない。連絡を取ろうにも引っ越し済だった上に電話を解約されていて手段がなかった。
元気に太陽の下を笑って歩いていることを切に願う。
「にしても、マジでヤベェな。久々に居酒屋で生ビール飲んだけど、スゲェ美味いんだけど。世の中の大人はいっつもこんなん飲んでん?」
「ビールくらいで大袈裟だな、絋はー。今日は俺が奢ってやるから思う存分飲め、飲め!」
そうして空になったグラスにビールを注いでくれたのは中学時以来の親友、
「絋さんの会社もブラックだったんですね。介護関係も相当キツいけど、極限まで追い詰められる感じが少し違う感じがするな」
「いやー、
後輩の
「えー、何だかんだ絋って面倒見がいいし、向いてると思うけどなー。っていうか顔がいいし、老若男女問わず
「分かります、それ。学生時代の絋さんのモテっぷりはヤバかったですもんね。隠れファンクラブがあるくらい」
いやいや、なんて大袈裟な。俺なんて大したことない。今となっては頭が良くてスポーツ万能な慎司や可愛い彼女のおかげで垢抜けた崇の方がずっとイケメンだ。
それに比べて社畜としてこき使われていた俺は、ここ数年で一気に老け込んでしまった。
二人は楽しそうに語らい合っていたが、取り残された俺は作り笑いでついていくので必死だった。
最初は美味しく感じていたビールの味も、もう分からない。
(ゼロスタートなんかじゃねぇ。マイナスだよ、こんなん)
「ところでさ、これからどうするん? 仕事のあてはあるん?」
「しばらくは失業保険を貰って、資格でも取ろうかな。俺には何もないからさ」
言葉にして自分で傷つく。笑えないのに自ら嘲笑して胸が抉られる。
「絋ならホストになって億万長者も夢じゃねぇよなー」
「確かに。見た目だけじゃなくて中身もイケメンですもんね」
おいおい、俺の人生を勝手に決めるな。
それに自身を嘘で塗りつぶしてまで女性を口説くなんて、俺には無理だ。一体コイツらには俺がどんなふうに映っているのだろう?
見た目だけの中身のないチャラ男か?
ヤダね、そんな評価。真っ当にいきたい。俺はブレずに生きていきたい。
———……★
それから小時間過ぎて店を出た俺達は、しとしとと降る雨を嘆きながらダレていた。
崇は可愛い彼女を待たせたくないからと慎司と一緒にタクシーを拾って帰って行ったが、俺はこれ以上惨めな気持ちになりたくないと同行を断った。
「絋は乗らんの? 一緒に帰ろうぜ?」
「いや、俺は少し酔いを醒してから帰るよ。今日はありがとうな」
「いいって、気にすんな。また飲もうぜー」
昔と違って対等でいられなくなった俺達にまたはあるのだろうか?
重たくのし掛かる現実。
息苦しくて、うまく呼吸すらできない。
夜の雨に車のライトが滲んで幻想的な世界が広がって、まるで夢の世界に迷い込んだような錯覚に陥る。いっそのことゼロからやり直せる世界に転生してもらいたいものだ。
深々と降り注ぐ雨の中、結局行く当てもなくコンビニの喫煙コーナーで煙草を一服しようと口に咥えた時だった。
不意に上げた視線の先に映ったのは、傘も差さずにトボトボと歩く少女の姿。土砂降りとまではいかないが、こんな状況でずぶ濡れで歩く様に胸が騒めいた。
年は十七、十八と言ったところだろうか?
生気のない虚ろな視線でフラフラと歩く様子に、脳内に警告音が鳴り響いていた。
過ぎ行く人間の好奇な視線にも気付くことなく、危なっかしいと言ったらありゃしない。
「おいおい……っ、バカなのか?」
だが心配になったところで声を掛ける勇気もなく、余所目で見ることしかできないのが歯痒い。他人の俺が善意の声掛けをしたところで、変質者扱いを受ける可能性を否定できない。
モヤモヤと葛藤が広がっていく。
———いや、な? 実際世知辛い世の中なんだよ。良かれと思ったことが犯罪者予備軍認定されてしまう生きづらい世の中なんだ。
ウダウダと悩んでいると、少し離れたビルの屋上のフェンス前に立っている少女を発見した。思い詰めた表情。嫌な予感しか思い描けない。
気付けば俺は無我夢中で走り出して、少女の後を追いかけていた。
———……★
「誰かの人生を支えてやれるほどの力はないけれど、せめて目の前にいる人間くらいは救える人間になりたい。その時の俺は確かにそう思っていたんだ」
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