第9.5話 カフェ
「いらっしゃいませ」
綺麗な和服姿の店員さんがお淑やかに頭を下げて、私たちを歓迎してくれた。仄かな木の香りが鼻腔をくすぐり、心が落ち着く。
ライブ参加を終えた私たちは今、実里ちゃん提案のもと和風カフェに来ている。彼女曰く、このお店の抹茶パフェが美味しくてSNSで話題になっているらしい。
しかし、ここで一つ問題がある。実里ちゃんの服装を思い出してみてほしい。今の彼女は、推しのアイドルの顔がデカデカとプリントされたTシャツを身に纏っている。そのいかにもライブ帰りです!という感じ全開の装いが、瀟洒なカフェの雰囲気を見事に壊している。
つまりどういうことかというと……彼女の近くにいるのが恥ずかしい。そこはかとない場違い感を覚えて、私と凪沙さんは彼女から少し距離をとった。
「こちらで靴を脱いで、あちらの下駄箱にお入れください」
見事なスルースキルを見せる店員さんが私たちを誘導してくれた。どうも、店内は畳が敷かれているらしく靴を脱ぐ必要があるらしい。
自分の格好の不自然さに全く自覚がないらしい実里ちゃんが、我先にと靴を脱いだ。その場に留まるわけにもいかない私たちも、できるだけ彼女と同類だと思われないように、他人行儀を心掛けて後に続いた。
「おしゃれな雰囲気だね!私、この感じ好きかも」
「そうだね。店員さんの着ている和服も可愛いし」
テーブル席についた私と実里ちゃんが、店内をキョロキョロと見回しながら感想を述べる。
「うーん、メニュー数が多いし、どれも美味しそうだし迷っちゃうわね〜」
テーブルの中央でメニューを開いた凪沙さんが、頬に手を当てながらそう呟いた。
「最初に食べたいって言ったのは抹茶パフェだったけど、このパンケーキも捨てがたい!」
「はるちゃんはどれがいい?」
凪沙さんに聞かれてメニューを見渡す。どれも美味しそうで目移りするけど……
「私はこのGW限定ほうじ茶プリンとたっぷりフルーツのパフェがいいかな」
限定ものに弱い私は、色とりどりのフルーツが盛り付けられたパフェを指差した。
「美味しそうだね。はるちゃんらしいよ」
「はるかちゃんのも惹かれるけど、やっぱり私は抹茶パフェかな!はるかちゃん、私と一口交換しよ?」
「いいよ。凪沙さんは決まった?」
「うん。私はこの抹茶と小豆のパンケーキが食べたいな」
「それも美味しそうだね。凪沙さんが良ければ一口欲しいかも」
「もちろん」
「それじゃあ、注文しちゃお」
注文を終えて、暇になった私たちはライブの疲れが出たのか口数が少なくなった。この静かだけど気まずくならない私たちの関係性に心地よさを覚える。
ちょんちょん。足裏が何かに突かれた。対面を見ると、凪沙さんが頬杖を突いて私を見つめていた。彼女はちょっと意地悪そうな笑みを浮かべていて、これは凪沙さんの足が私の足を攻撃しているんだなと思った。
今度は凪沙さんの足裏と私の足裏がくっついて、にぎにぎと触ってくる。普段やられっぱなしの私だけど、今日は頑張って凪沙さんの足をにぎにぎと触り返してみた。
何してるんだろうなぁとは思う。けれどなんとなく楽しくなってきた。足の指で凪沙さんの脚をなぞってみる。今度は反対の足も同様に動かす。
凪沙さんの顔を見てみると、さっきよりも楽しそうに笑って……いなかった。頬が、耳が仄かに赤く染まっている。その顔を見て、もっとイタズラしてみようという欲が沸々と湧いてきた。
私の足の指を凪沙さんの指に絡めてみる。抵抗なく指が入っていく感覚が気持ちいい。すると、彼女は私の指を振り解かんと足をバタバタと動かした。
再び彼女の顔を見やると、目を逸らされてしまった。私の方に突き出された彼女の耳は信じられないくらい赤みを帯びている。
こんなこと、今まで感じたことがないのに……私はもっと凪沙さんの恥ずかしがっている姿が見たいと思ってしまう。普段は優しく私たちと見守ってくれる彼女が、余裕がなさそうな顔をしている様子がたまらなく愛おしかった。
「こちら、抹茶パフェでございます」
横から店員さんの声がして実里ちゃんの前にパフェが置かれた。
「おお!美味しそう!!」
隣の実里ちゃんが両手を合わせて目を輝かせていた。
「……はるちゃんのいじわる」
今度は正面から声が聞こえる。その声には私を咎める色があって、私は我に帰った。どうしてあんなことしちゃったんだろう……高揚感がスーッと引いていく感覚がして、熱が全身をめぐる。
まだ凪沙さんが私と顔を合わせようとしないでくれてよかった。今彼女と目を合わせてしまえば、恥ずかしさで爆発しちゃいそう。
「んんー!美味しい!!2人も食べてみてよ!」
私たちの様子を知ってかしらずか、実里ちゃんがいつもの調子で話しかけてきた。今だけは彼女の平常心が憎らしい。
「……美味しいね」
「……そうね」
「2人とも反応薄くない?」
「そ、そんなことないよ!?ね、凪沙さん?」
「そうね、抹茶パフェ、とってもおいしいわ」
実里ちゃんに訝しげな視線を送られて、必死に取り繕う。いや、決してやましいことは何もしていない、はず。
(いじわる)
今度は凪沙さんに口パクで訴えられて、私はいよいよ恥ずかしさでどうにかなりそうだ。
当然この後にきた限定パフェも、凪沙さんにあーんしてもらったパンケーキも味がわかるはずもなく……疲れと後悔だけが残るのだった。
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話が進むにつれて読みづらさを覚えるようになりまして、現在、今後投稿予定の話の一部表現の変更と話の流れの再編を行なっております。
もしかしたら、次回も私の欲望全開の短話になるかもしれません。
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