第10話 第1回勉強会
ゴールデンウィーク明けの学校。久しぶりに顔を合わせた友達と話に花を咲かせるクラスメートたちと、机に突っ伏す私。
窓の外に意識を向けると、一月前は目一杯の桜が私たちの入学を歓迎してくれたのが嘘だったみたいに、今は青々とした葉っぱが太陽光を浴びて燦々と輝いていた。
どうしてこうなってしまったんだろう……ミツルくんと凪沙さんに話しかけようにも、彼らの周りには人がたくさんいて、あの輪に入ろうとする勇気が湧いてこない。
入学当初にもこんな感じで悩んでいて、時間が解決してくれるだろうと
実里ちゃんは別のクラスだし、一体どうすれば……
諦念でクラスの一角を淀んだ空気にしていると、「ピロン」とスマホの通知が鳴った。
藁にもすがる勢いで画面を見ると、凪沙さんからだ。
『今日の放課後、ミツくんのお家でテスト勉強しない?』
凪沙さんの方に目を向けると、スマホを私の方に振ってきた。どうやったら、人と話しながらスマホをいじれるのだろう。
「ピロン」再び通知音が鳴った。
『P.S.テスト、今週の金曜日だよ。大丈夫そう?』
……助けて、凪沙さん。
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「ミツルくんからお誘いなんて珍しいね」
「そうだねぇ。はるちゃんはミツくんのお家くるの随分久しぶりじゃない?」
「うん。確か中2の夏休み以来かな。凪沙さんはミツルくんの家によく行くの?」
「うーん……作りすぎた料理のお裾分けとかには行くけど、玄関までだからなぁ。家に上がるのは私も久しぶりかも」
凪沙さんと並んで歩き、ミツルくんの家に向かう。彼の家に行くのは久しぶりで、いつもより心拍数高めだ。
テスト、ミツルくんの家……消化しきれないイベントが脳内をぐるぐると回り、頭から煙が出そうだ。
「着いたよ……そのまま入ってきていいって」
はわわ!家に入ったら、まずはお邪魔します、それとも本日はお呼びいただきありがとうございます?鏡で前髪チェックしなちゃ!制服おかしくないかな?ええと、あとは……
「はるちゃん?」
凪沙さんが私の顔の前で振ってくる。
「い、いこう!凪沙さん」
彼女のおかげでなんとか正気に戻った私は、勇み足を踏んで玄関戸を開けた。
「お、お邪魔します……」
「きたよ〜ミツくん」
緊張感丸出しの硬い声とお気楽そうな明るい声が室内に響く。
「僕の部屋、適当に入っていいよ」
奥の方からミツルくんの声がした。
ミツルくんの部屋!?男の子の、部屋……
いやダメでしょ!?JK2人に男の子が1人に密室、何も起きないはずもなく……何もないんだけどね!?
「お邪魔します」
「ちょっと凪沙さん!?」
悶々とする私とは対照的に、何のお構いもなく階段を登ろうとする凪沙さんを見て、私は素っ頓狂な声をあげてしまう。
「どうしたのはるちゃん?早く行こう?」
「あー、いやー……はい」
キョトン顔の凪沙さんを見てると、何だかどうでも良くなってしまった。
わー、これがミツルくんのお部屋か。シンプルだなぁ。
邪気を払った無の心をしてミツルくんのお部屋に入った私は、とりあえず辺りを一周見回した。白を基調とした家具でまとめられた部屋は、全体的に物が少ない。
あわよくば彼の趣味嗜好が垣間見えたら、今後の会話の糸口になったのだが、その手のものも見つからなかった。
「とりあえず座ろうか」
「うん」
部屋の中央に置かれたテーブル近くに腰を下ろす。やっぱり、落ち着かない。
心拍数はおそらく今も上がり続けており、心臓の音が外に漏れ出していないか心配になる。
「久しぶりだなぁ。相変わらず物が少ない」
「な、凪沙さんもそう思うよね」
「ミツくん、昔から物欲がまるでなくてね。服とかも私が選んだやつを着てるし」
そこはかとないヒロイン力が会話の端端から感じられる。
「そ、そうなんだ」
「まだ私たちが小学生の頃ね、誕生日プレゼント何がいいって聞いて、なんて返されたと思う?」
「えーと……トランプとか?」
謎の愚痴タイム?いや、惚気?が始まってしまい、私は答えに窮してしまった。
「無病息災かなぁって。ミツくん私のこと神社か何かかと思ってるのかな?」
「あはは、どうでしょうかね……」
マイペースなミツル君らしい答えだけど、女の子にプレゼントのことを聞かれてその答えはどうなんだろうか……
「飲み物持ってきたよ」
「お構いなく〜」
「あ、ありがとうございます」
飲み物が乗ったお盆を持ってミツルくんが部屋に入ってきたようだ。なぜ「ようだ」かというと、恥ずかしすぎて彼のことをちゃんと見れていないからである!
「ごめんね春風さん。本当は直接誘いに行きたかったんだけど、時間がなくて」
腰を下ろしたミツルくんが開口一番に私に謝ってきた。
「あ、全然大丈夫だよ。むしろ誘ってくれたこっちがありがたすぎるくらい!」
「そっか。それじゃあ、早速。凪沙さん今日
「ええ、まずは数学からね」
特に雑談もなく、淡々と勉強会が始まりそうだ。しかし、私は見逃さない。
「今日、も?」
さも今日が初めてじゃない言い回しだ。しかし、凪沙さんはミツルくんの家に来るのは久しぶりだと言っていたはず……
「それはね春風さん。課題や授業でわからないことがあったら、凪沙さんにメールで質問していたんだ」
服を選んでいたエピソードから始まり、誕生日に勉強を教えていた話まで出てきた。私は幼馴染という関係の恐ろしさを身をもって実感した。
普通そういうのは付き合ってから生まれる逸話でしょ!?
一介の男女の仲では到底作れない思い出の数々を聞いて、私は打ちひしがれてしまう。
「今日は何だか様子がおかしいね、はるちゃん」
凪沙さんに顔を覗かれる。どうやら私をおかしくした元凶に心配されてしまったようだ。
「何でもないよ!?さあ、勉強会だよ勉強会!」
最近の私は、話題を逸らす技術ばかり成長してる気がする。
私の逃げの一手を皮切りに、カリカリとノートにペンを走らせる音だけが聞こえるようになった。しかし、私が勉強に集中できているかというと、全くそんなことはなかった!
そもそも、勉強会に参加したことがなく、ミツル君が目と鼻の先にいるこの状況下で集中できるはずがない!最初よりは落ち着いてきたけど、今でも心臓バクバクだよ!?深呼吸をするとミツル君の匂いがする空間で正気を保てるはずがない。
「ふー、疲れたねはるちゃん」
おもむろに手に持ったシャーペンを机に置いて伸びをする凪沙さんの声が静寂を破った。
「そ、そうですね」
「うーん、試験範囲が広すぎる……分からないことだらけだよ」
対面に座るミツル君が困ったような声を出した。助けを求める子犬みたいな顔をしていて可愛い。
「とりあえず、ミツくんは基礎範囲の徹底だね。君、前に私が教えたこともすっかり忘れちゃってるみたいだし」
一方の凪沙さんは、ため息をつきながらやれやれというオノマトペが似合う表情をとった。彼女の呆れ声は滅多に聞いたことがなく、内心少し驚いた。
「あ、私トイレ行ってくるね」
「いってらっしゃい」
席を立った凪沙さんに手を振って見送った私はとんでもないことに気がついた。
今、ミツル君とミツル君の部屋で2人きり!?隣にミツル君がいるよ!え、どうしよ……話、何か話は……!
「そういえばさ、凪沙さんって春風さんのことをよく見てるよね」
「え、そ、そうかな?」
「いや、凪沙さんが学校でみんなと話しているとき、ふと目線が遠くを向く瞬間があるんだ」
……ミツル君、凪沙さんのこと細かく見過ぎじゃない?
「彼女の目を追うと、いつも君がいるんだ。春風さん、学校だとあまり話さないでしょ?だからかな、君を見ている時の彼女の表情が少しさb……いや、なんでもないよ」
「……凪沙さんの表情がなんなの?」
直前ではぐらかされてしまって、私は思わず聞き返してしまった。
「凪沙さんは君を本当に大切に思っているんだなって」
苦笑混じりのミツル君の声は、今まで聞いたことのないくらい硬い声だった。まるで、そう。羨ましさを隠そうとしている色がする。
「私も凪沙さんを大切に思っているよ。あ!もちろんミツル君もだけどね!?」
「そっか……ありがとう。僕、もっと春風さんのこと知りたいな」
「うぇ!?」
「春風さん、今度……」
「ただいま!」
ミツル君が何か言いかけていた気がするが、凪沙さんの声にかき消されてしまった。
「ミツル君、何か言った?」
「ああ、いやなんでもないよ」
ミツル君は一瞬凪沙さんの方を見てそう言った。
「そろそろ勉強再開しようか!うかうかしていると、テストに間に合わないよ」
先ほどよりも距離が近い、まさに私の真隣に座った凪沙さんが私たちに喝を入れた。
私が再び教科書を開いていると、床についていた左手に温かな感触を覚えた。そして次の瞬間、何かがぎゅっと私の手を握ってきた。
チラッと見てみると、その正体は凪沙さんの手だった。さわさわと私の手の輪郭を握ってくるかと思っていたら、私の目に気づいたのか、急に彼女の指が私の指と指の合間に割って入ってきた。
え!?って感じの戸惑いの目を彼女に向けるが、凪沙さんは素知らぬ顔をしていた。まあ、いいか。減るものでもないし……
その後日が暮れるまで、凪沙さんによるスパルタ指導があったことを後述しておきたい。貼り付けたような笑みで無理難題(私視点)を押し付けてくる凪沙さんが、今日初めて鬼のように思えたのだった。
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お久しぶりです。更新が遅れてしまい本当に申し訳ないです。
ストーリーを再編していたら堂々巡りに陥ってしまい、更新が滞ってしまいました。
今後はなるべく週に1回は更新できるよう努めます。
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