第9話 アイドルならば

会場に近づくにつれて増していく人口密度、熱気。ああ、ライブ会場に来たんだなとすぐに分かる様相だ。


相変わらず私たちを引っ張っていく実里ちゃんは、人混みなんぞ知らないといった感じで歩みを止めようとしない。途中、物販の前を通ったけれど、この後のことを考えてか、今日は素通りした。あっという間に受け付けにたどり着いた私たちは、各々事前に用意したチケットをスタッフさんに見せて会場内に入った。


「そ、そろそろ手を離さない?」


あまり広くない会場内で3人手を繋ぎながらでは歩きづらいし、他の人の迷惑になってしまうかもしれない。私がそう提案すると、実里ちゃんは不満そうな顔をしながらも手を離してくれた。


「2人とも離れないでよ〜!」


「それはこっちのセリフかも……」


他の人には優しい凪沙さんも、人を振り回す才能のある実里ちゃんには少し辛辣だ。


でも、凪沙さんにはっきりと意見を言ってもらえることを私は羨ましいなと思っている。時折、凪沙さんは私になにか隠し事をしているのではと感じることがある。誰にも隠しておきたいことの一つや二つあるものなので、別に構わないのだけど、やっぱりモヤモヤする。


しかし、このモヤモヤを晴らそうとしたら何か大事なものをなくしてしまいそうで……私は彼女の心に踏み込むことができずにいる。


「はるちゃんは誰が好きなの?」


え!?好き?……あぁ、推しの話か。一瞬勘違いしそうになったけど、周りの喧騒が上手く軌道修正してくれた。


「えっと、この子かな。ミウちゃんって言うんだ」


私が凪沙さんにミウちゃんの写真を写したスマホを見せると、凪沙さんは目を細めてこう言った。


「へ〜。はるちゃん、こういう子がタイプなんだ〜」


どうしてそんなに嬉しそうなんだろう……


「私は、この子がタイプかなぁ」


そう言って、凪沙さんもスマホの画面を見せてきた。なんと実里ちゃんが推しているのと同じ子が写っていた。


「……実里ちゃんと、同じだね」


画面には、なんと実里ちゃんが推しているのと同じ子が写っていた。驚きのあまり、少し声が詰まってしまう。


「そうみたいなの。だから実里ちゃんの服装を見たとき、びっくりしちゃった」


「むむむ!なぎちんもゆきりんが好きなのか!」


私の背後から顔を出した実里ちゃんが大袈裟な反応をとった。


「そうね。最初見たとき、はるちゃんみたいで可愛いなぁって思ったの」


「分かる!インナーの色が私と同じ水色だから、私とはるかちゃんを合わせたみたいでいいなって思ったの!」


「そうかしら。私は黒い瞳にキリッとした目元がはるちゃんと私のいいとこ取りしたみたいで可愛いと思ったわよ?」


2人してなんで私を引き合いに出すの!聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ!?


「あの〜お二人さん。そろそろ、ライブが始まるそうですよ?」


「……そうみたいね。実里ちゃんもライブに集中しよう?」


「……一時休戦だね」


まだ2人の間に火花が散っている気がするけれど、なんとか話題を逸らすことに成功したようで、私は肩を撫で下ろした。


『みんな〜!今日は来てくれてありがとう!!』


先陣を切って登場したのは、私が推しているミウちゃんだった。私は手に持っていたサイリウムをトレードカラーの赤色にして、軽く左右に振った。彼女の登場を歓迎する声の圧が全身を叩く。この高揚感、一体感がライブの始まりを感じさせる。


その後も続々とメンバーが登壇し、トークもそこそこに一曲目が始まった。


私は、センターで踊るミウちゃんを応援しようと、先ほどよりも大きくサイリウムを振った。


配置が入れ替わる曲の間奏に差し掛かった。私は凪沙さんが楽しんでいるか気になり、隣に目をやった。彼女も私と同じように頬を高揚させて楽しそうにしていた。よかった、心からそう思う。


不意に、凪沙さんと目が合う。晴れ晴れとした彼女の笑顔がなぜだかミウちゃんと重なる。


天真爛漫に笑う凪沙さんは、アイドルみたいだ。凪沙さんが可愛い衣装を着て、楽しそうに歌って踊っている姿が容易に想像できる。


彼女がステージに立てば、きっと今みたいな歓声を集められるんだなって思う。そうしたら、私もステージの1番前に陣取って彼女のことを応援しているのかな……


(はるちゃん?)


周りの音に遮られて声は聞こえない。けれど、確かに凪沙さんの口が私の名前を呼ぶように動いた。


他の人はみんなステージの方を向いているのに、私だけ凪沙さんを見てしまっている。不審がられるのも当然だ。


これ以上不審がられまいと、慌てて前を向く。すると、左手が柔らかく温かいものに包まれた。


私はその正体を確認しようとした。けれど、さっき視線を逸らして凪沙さんに不審がられたことが頭によぎって確認できそうにない。


私の手を包み込むそれは、時々手をにぎにぎと揉んでくる。こそばゆい。でも、イヤな感じはしない。

 

曲は大サビに入り、歓声がより一層大きくなる。ミウちゃんが再びセンターにきて、私は今まで以上に大きくサイリウムを振った。見た目を変えても、内面の殻を破れずにいる私も、今だけは自分の感情を真っ直ぐに表現できる気がする。


一度芽生えた高揚感は途切れることはなく、駆け抜けるようにライブが終わった。このライブ終了後のやり切った感が私は好きだったりする。


……まだ、左手に感触がある。隣を見ると、ムッとした表情の凪沙さんがいた。


「楽しそうだったね、はるちゃん」


手を握る力を強めながら話す凪沙さんからは、いつになく圧を感んじる。


「……凪沙さんは楽しくなかったの?」


なんとなく触れないほうがいい気がして、私お得意の話題逸らしを試みる。


「楽しかったよ?」


顔は笑っているし、声色も明るいのに手を握る力を一層と強めてくる。彼女の行動の意図がわからない。私に一体何を求めているんだ、凪沙さん……!


「ミウちゃん、可愛かったね?」


「……そ、そうだね」


「……そ」


互いに見つめ合ったまま押し黙る。


「2人ともー!楽しかったね!」


興奮のあまり離れてしまったのか、前の方から実里ちゃんの声がして沈黙が解かれた。


「そうね。2人が好きなことを私も共有できて嬉しいわ」


「うんうん。はるかちゃんも楽しそうで何よりだよ!ささ、外に出よう!お昼ご飯どうする?」


「お、置いてかないで、実里ちゃん!」


「私たちも行こうか、はるちゃん」


「うん」


今度は優しく手を握ってくれた凪沙さんに連れられて実里ちゃんの後に続いた。


______________


次回は今後のストーリーを一部再編する都合上、おまけエピソード(短話)を出します。

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