第7話 バーベキュー
皆さん!不肖
そんな風に、脳内に誰に向けているか分からない鬱陶しいうわ言が浮かんでしまうのも仕方ないかもしれない。ゴールデンウィーク初日、私は凪沙さん、ミツル君、その他野球部の皆さんでバーベキューに来ています!
このバーベキュー、なんとミツル君の誘いだったんです。これはGW前最後の学校の帰りのこと――
「2人とも、突然なんだけど、明日野球部の人たちとバーベキューをするんだ。だから、よかったら2人も来ない?」
「え!?いいの!?」
本当に突然のことで、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。これは、ミツル君と距離を縮める千載一遇のチャンスなのでは……
「うん。2人とも見学に来てくれたし、みんなも歓迎してくれると思う」
「どうする、凪沙さん」
「楽しそうねぇ。明日は予定もないし、行こうかしら」
「じゃあ、私も行こうかな」
――そんな経緯で私たちはバーベキューに呼ばれた。
「2人とも今日は来てくれてありがとう」
私と凪沙さんが、少し離れた位置から野球部の人たちがコンロを組み立てているのを見守っていると、ミツル君が両手に紙コップを持ってこちらに近づいてきた。
「ううん。でも本当に良かったの?何か手伝うことはない?」
「僕たちが招いたからね。2人はお客さん気分で楽しんでくれたら嬉しいな」
柔らかく破顔するミツル君に手渡された炭酸飲料は、いつもより甘い気がした。
「ここに来るのはいつぶりかしらね、はるちゃん」
「そうだね。昔はよくここに来て駄菓子食べてたっけ」
今いる河川敷は私たちの通っていた中学校から近く、放課後はよく内緒で3人で駄菓子屋に寄って買い食いしていた。現代っ子なのにコンビニとかファストフード店ではなく、駄菓子屋というのが私たちらしい。
「あの駄菓子屋、今もあるのかな」
「どうだろうね、今度行ってみよう?はるちゃん」
2人とも部活が忙しくなった2年生の途中から次第に足は遠のいたけど、また行ってみるのもありかなと思った。
「2人とも!準備ができたよー」
ミツル君が手を振って知らせてくれた。あの無邪気そうな顔は当時のままで、胸がじんわりと温かくなる。
「行こうか、凪沙さん」
「ええ」
童心に帰ったのか、足取りが少し早くなる。
しかし、突如その歩みが遮られた。
「危ない!」
視界が傾く。倒れる!そう認識したときにはすでに手遅れで……そのとき、私の左腕が痛いくらいの力で掴まれた。
「大丈夫、はるちゃん」
「え、あ……うん」
私を繋ぎ止めた凪沙さんの腕を見て、私はつまづいたことに気がついた。
「ありがとう、凪沙さん……凪沙さん?」
私を掴んだまま動かない凪沙さん。いつもは温かい彼女の手が今はとても冷たく感じた。
「凪沙さん、いたいよ?」
「……あ、ごめんなさい」
目を見開いた凪沙さんは掴む力を緩めた。もう大丈夫なのに、凪沙さんは手を離そうとはしない。優しく触れる手には決して離さないぞ、という意志を感じる。
「前にもこういうことあったよね、はるちゃん?」
ポツリとこぼれ落ちた凪沙さんの言葉を反芻する……そんなこと、あったかな?
「んー思い出せないかも……」
「……そっか」
どうして、そんな悲痛そうな顔で笑うの?そう聞きたいけれど、思うように口が動かない。
「そんなことより行きましょう、はるちゃん。みんな待ってるわ」
一転、いつもの太陽みたいな笑みを浮かべた凪沙さんに手を引かれて、私はみんなのいる方に向かった。
_______________
高架下に行くと、コンロが二つ用意されていた。どうやら男女別に分かれているらしく、早瀬さんに案内される形で近くの椅子に座らされた。
「どうしてコンロが男女別なんだろうって顔してるわね、春風さん」
えっ!?顔に出てたの?
「コンロを一緒にすると、彼らに食べ尽くされちゃうからよ」
ため息をついてそう言った早瀬さんからは、哀愁が漂っている。経験でもあるのかな……
「そんなことより食べましょ」
「ああ、私が焼きますよ」
流石に準備を任せてしまって、肉まで焼いてもらうのは人としてまずい。私はトングをとってそそくさと食材置き場に向かった。
「ミツル君も焼く係なんだ」
食材が置いてあるテーブルでミツル君を見つけて、私は彼の横に駆け寄って声をかけた。
「そうだね。僕は一番後輩だから、頑張らなくちゃいけないよ。春風さんは偉いよ。さっきも言ったけど、別にお客さん気分でいいのに」
「そうもいかないよ。準備、任せっきりになっちゃったし」
「そっか」
たわいもない話をしながら、肉と野菜をバランスよく選んでいく。途中、ミツル君と手が触れ合ってしまい、ちょっとドキドキしてしまった。
「……一番後輩だからって言ったけど、本当は逃げて来ただけなんだ」
顔を合わせずに話し始めたミツル君に意識が集まる。
「ほら、今日僕が凪沙と春風さんを呼んだってに言ったらさ、みんなに問い詰められちゃって……2人とも可愛いからさ。どっちにするんだとか、仲を取り繕ってくれよとか。ごめんね、こんな話して。聞きたくなかったかな?」
可愛い!?今、ミツル君の口から、可愛いが出たよね?
「そ、そんな。凪沙さんは可愛いけど、私はそんなんじゃ……」
だから、私は的外れなことを口走ってしまい……
お互いに顔を合わせることができず、食材を選ぶ手が止まってしまった。
「戻ってくるのが遅いなぁって思って来てみたら、何をやってるの2人とも?」
沈黙を破ったのは、凪沙さんの呆れ声だった。振り向いてみると、凪沙さんの表情に色がなかった。
「ほら、荷物持ってあげるから。早くしないと先輩たちがお腹すいて倒れちゃうよ」
「じゃあね、ミツ君」
_______________
「春風さんって好きな人いるの?」
「え!?」
適当に肉を食べて、慣れないながらも先輩方と談笑していると、いつの間にか女子会恒例?恋バナタイムが始まってしまった!
「い、いませんけど……」
ここで素直にいます!なんて言える度胸があるはずもなく……私は手を大きく振っていないことをアピールした。
「ほんとかな〜。じゃあ、凪沙さんはいるの?」
今度は凪沙さんに話しが振られた。彼女がなんと答えるのか気になって、私は凪沙さんをじっと見つめた。
「私は、いますよ」
私は目を見開いた。好きな人がいることに驚いたのではない。彼女が私の目を見つめ返してきて、まるで私にだけ向けて伝えているかのようだったことにドキマギした。その瞳には色がなくて。私には、凪沙さんが考えていること、想っていることが何もわからなくなってしまう。
周りの先輩方が騒いでいるみたいだけど、今の私は凪沙さんにしか注目が向かない。彼女は私の恋心を知っているのだろうか。今となっては曖昧になってしまったのか、自分でもこの気持ちを持て余しているけれど。
きっと、凪沙さんはミツル君が好きなはず。これまでミツル君を取り合うみたいに互いに敵視したことはなかった。私たちは恋敵だけど、親友。彼女は私たちの関係になんて名前をつけているのだろう。それとも、あるいは……
「で、誰が好きなの??」
「……ひみつです」
私と目を合わせたまま、わずかに目を細める彼女の表情の変化を私は見逃さない。心がモヤモヤする。一体彼女は私に何を伝えたいのか。その答えを知りたいけれど、知ってしまったら彼女に手が届かなくなっちゃいそうで……
彼女はメインヒロインで私は脇役。そう勝手に自嘲してるけど、思えば思うほど胸がキューと締め付けられて苦しくなる。
その後、凪沙さんから焼きマシュマロをもらった。美味しいねと言われたけれど、味が全くわからない。私は曖昧に頷くだけだった。
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