第6話 お誘い

最近の私はやっぱりおかしいと思う。それは高校デビューで容姿が変わったから、環境が変わったからじゃなくて。私は今もミツル君を好きでいられているだろうか。好意が芽生えて、疑いなく成長していったこの感情も今は行き先が自分でもよく分かっていない気がする。だけど胸に手を当てると、確かな熱を感じる。この熱の発生源を知りたい。


あのときだってそうだ。ミツル君が打ったボールが私にぶつかりそうになったとき。ミツル君は駆けつけてくれなかった。練習が終わって一緒に下校したときも、彼はその話題には触れてこなかった。でも、寂しくはなかった。普通は好きな人に心配されなくて、イヤな気持ちになってしまうんだと思う。


気持ちが不透明になっているのを凪沙さんのせいにはしたくない。でも、そう思ってしまう自分がいる。気がつけば、凪沙さんが私の心の中心にいる。夕陽に照らされた凛々しい顔、体の奥からじんわりと温めてくれた彼女の体温、今日見て、触れて感じた凪沙さんが私の頭にこびりついて離れない。


彼女は私の親友で、恋敵。その思いは今も変わっていないはず。


私はこれ以上考えるのをやめて、布団を目元まで深く被り、睡魔に身を委ねた。

_______________


お昼休み、ぼんやりと凪沙さんとミツル君、そして彼らの友達が談笑している様子を眺める。


結局、私は野球部のマネージャーになるのをやめた。凪沙さんにそう告げたところ、彼女は目を細めて「私もやらないかなぁ」と返してくれた。その声がひどく優しくて、私の耳に今も残っている。


「浮かない顔してるね遥ちゃん」


「んーそんなことないよ、実里みのりちゃん」


机の下からぴょこりと顔を出してきた小動物。その小さな顔にいい意味で不釣り合いな、青みがかったくりくりお目目には揶揄いの色が見て取れる。水卜 実里みうら みのりちゃん。


「いーや、そんなことあるね。ほれ、つんつん」


私の右頬をツンツンという効果音付きで突いてくる実里ちゃんは、私の2人しかいない貴重なお友達その2だ。もちろんその1は凪沙さん……もともと凪沙さんとよく絡んでいた彼女だったが、ひょんな事から私のサブカル趣味が露呈したことで意気投合。今では、偶に某アニメショップに一緒に行くほどの仲だ。


「ちょ!ひっひらないれひっぱらないで

 

そんな彼女だけど、とにかくスキンシップが多い。頬突っつきは頬引っ張りにエスカレートして、私の面白みのない肌をこねくり回している。


「よいではないか!最近遥ニウムが不足してるのだよ!」


「ハルカニウム?何よそれ……」


「それでね、遥ちゃん。そろそろゴールデンなウィークじゃん!遊ぼうよ!!」


今度は私の二の腕を揉み出した実里ちゃんからは遊びたいオーラが漂っていた。


「どこか行きたい場所とかあるの?」


「おお、よくぞ聞いてくれました!」


笑顔を弾けさせた実里ちゃんは、スマホをささっと叩いて画面を私に突きつけてきた。


「これ。今度アニマイトでイベントあるんだ〜。1人だと寂しいから一緒に来てくれないかなって」


画面に映し出されたのは、女性アイドルアニメのライブイベント。所謂2.5次元ライブというやつだ。声優さんが歌って踊るやつ。


「おー、それ今見てるやつだよ。可愛いよね」


それは奇しくも今私がハマりつつある作品で、行きたいよゲージがぐぐんと溜まっていく。


「ふっふふ、遥ちゃんなら食いついてくれると思っていたよ。ならさならさ、一緒にいてくれるよね」


「うん。いいよ」


「やったー!デートだデート!!!」


水色のサイドテールを揺らしながら飛び跳ねて、喜びを全身で表現する実里ちゃんを見ていると、微笑ましい気持ちになる。


「それでさ、遥ちゃんの推しは誰?私はこの子!」


実里ちゃんが指差したのは黒髪にボブカットの女の子。薄青色のインナーカラーが、実里ちゃんの髪色に似ていた。


「この子、遥ちゃんにちょっと似てるでしょ!」


え……確かに言われてみてば、髪型とかが似ている、かな?でも、実里ちゃん。私に似ているからこの子を推しているのかな。そう思うと、背中がむずむずしてくる。


「ええと、私はこの子、かな」


気持ちを誤魔化すように私も実里ちゃんのが目に映る、センターを飾る女の子を指差した。


「へー。なんだか、なぎちんに似てるね!」


「そ、そう?」


「似てるよ!ほら、赤茶色の髪とか優しそうな雰囲気とかさ」


指摘されて初めて気づいた。確かに、言われてみれば凪沙さんと雰囲気が似ているような……


「よっぽどなぎちんが好きなんだね〜遥ちゃんは。なんだか妬けてきちゃうよ」


「好き」その言葉を言われた途端、全身が熱を帯びた。ボヤけていた感情に形が与えられたみたいで、イヤでも意識してしまう。ダメだ。これ以上向き合ったら、自分の気持ちが本当にわからなくなっちゃいそう……


「と、ところでさ、そのイベントっていつなんだっけ?」


「ん、5月の3日だね。場所は――」


なんとか話題を逸らすことに成功したようだ。その後は細かい日程とか場所をすり合わせて……チャイムが鳴った。


「んじゃ、また今度。バイバイのハグだよ!」


「わぷ!?相変わらずいきなりだね」


軽い抱擁を交わした実里ちゃんは度々私の方をチラチラと振り返りながら、教室を去っていった。クラスが違くてあまり実里ちゃんと話せていなかったけれど、今日でその埋め合わせができたみたい。


「実里ちゃんとずいぶん楽しそうだったね、はるちゃん」


席についた凪沙さんが笑顔を浮かべながら話しかけてきた。


「うん、久しぶりに実里ちゃんと話せて楽しかったよ!遊ぶ約束もしたし」


凪沙さんが目を見開いた。


「よかったねはるちゃん。それで、いつ遊ぶの?」


「5月3日で、場所はここ」


私は凪沙さんにスマホのスクリーンショットを見せた。


「それ、私もついていっていいかな?」


「え!?」


今まであまりサブカルに興味を示さなかった凪沙さんだっただけに、私は少しのけぞってしまった。すると、凪沙さんが離れた距離を埋めるように顔を私に近づけてきて、私の手を取った。


「はるちゃんが好きなこと、知りたいなぁって」


息が当たるほど近くで告げられた言葉に、私は舞い上がった。好きなことを友達と共有できることが素直に嬉しかった。


「私も、いつか凪沙さんと一緒に行ってみたかった!だから、そう言ってくれて嬉しいな」


「……っ!」


さっきまで詰められた距離が一気に開く。席に座り直した凪沙さんはそっぽを向いてしまった。窓に彼女の顔が反射していた。口元を手で覆った彼女の顔は、とても可愛かった。


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