第3話 学食

「はるちゃん、今日はミツル君を誘って学食に行こうか」


体力テストの翌々日、朝に凪沙さんがメールで今日は弁当持ってこなくていいよ、と言ったのでなんだと思っていたところ、どうも彼女は学食に行きたかったらしい。私たちが通う高校は私立で、この辺では珍しく学食がある。そろそろ入学して2週間が経つというのに、学食を一度も使ったことがなかったこともあり、私は二つ返事で頷いた。別にミツル君と一緒に、に反応したわけではないのだ。


ミツル君と凪沙さんが並んで前を歩き、私が一歩後ろを行く、所謂陰キャ三角形を形成しながら学食に向かう。


「「おー!!」」


思っていたよりも綺麗な食堂を見て、前をゆく2人が揃って声を上げた。天井が高く、縁のない大きな窓ガラスから春の陽光をたっぷりと浴びた木目調の屋内は暖かな雰囲気だった。


「人が多い……」


テンションアゲアゲな2人とは対照的に、人の往来に尻込み気味な私は思わずそう呟いた。


「はるちゃん、おいてっちゃうよ!」


そんな私の様子を知ってか知らずか、凪沙さんは持ち前の天使スマイルを振り撒いてズンズンと前進していく。私も2人が人混みをかき分けて作ってくれたスペースを辿ってレジに向かった。


「はるちゃんは何にしたの?」


レシートに書かれた受付番号と睨めっこしながら佇んでいると、会計を終えた凪沙さんとミツル君が近づいてきた。


「えっと、唐揚げ定食にしたよ」


「へえ、僕も唐揚げ定食にしたよ。お揃いだね春風さん」


「え!?お、おそろい……」


2人にレシートを向けてそう伝えると、ミツル君もレシートを見せてきてアピールしてきた。お揃い……好みが似ているのかな……?


「……2人とも、お似合いね〜」


「凪沙さんは何にしたの?」


「私はサラダうどんにしたよ。なんだかさっぱりしたものが食べたい気分だったから」


凪沙さん、もしかして妬いてる?一瞬言葉に詰まっていた凪沙さんの隙を私は見逃さない。


「凪沙さんも、唐揚げ定食が良かった?」


最近やられてばかりだった私は、からかい気味にそう尋ねた。


「そんなことないわよ。あ、できたみたいだから先に席とっておくね」


しかし、凪沙さんは浅はかな言葉には乗らず、さらっと受け流して受け取り口に向かっていった。……もしかして、ミツル君と2人っきりでは?


「春風さん、変わったよね」


「えぇ!?」


「あ、いや悪い意味じゃなくてね。ほら、雰囲気が柔らかくなったというかさ。うん。素直に言うと、可愛くなったよって」


「うえぇ!!?」


ボソッと言われた信じられない言葉に驚きを隠せない私は、好きな人の前だというのに奇声をあげてしまった。周りの目が恥ずかしい……


「か、可愛い?私が??」


「え、あ、うん……」


恥ずかし嬉しすぎて言葉が出てこなし、顔を合わせられない。頬だけじゃなくて耳まで真っ赤に茹で上がったのではないかというくらい、顔に熱が集まる。心臓がトクトクと鳴き止まない。周りには今もたくさんの人がいて、ガヤガヤしているはずなのに、今は私の心音しか聞こえなかった。


暫くして、レジ上部の電光掲示板に私の番号が表示された。私は「先行くね」と言うや否や逃げるようにミツル君の元を去った。


「はるちゃん、こっちこっち!」


唐揚げ定食の乗ったトレイを持って彷徨っていると、腕をぶんぶんと振る凪沙さんの元気な声が聞こえてきた。


「お、お待たせ凪沙さん。先、食べてても良かったのに」


「それじゃあ一緒に来た意味ないじゃん……はるちゃん、顔が赤いよ?何かあった?」


「え」


「ほんとはるちゃんって隠し事するのが苦手だよねぇ。でも、そこがはるちゃんの可愛いところなんだけどね」


 ムフムフという擬音がよく似合う含み笑いを浮かべた凪沙さんは、顎に手をやり何かを考え事をしだした。


「ふむふむ、なるほどなるほど」


「な、何がなるほどなの?」


「まぁ、とりあえず座ったら?」


トレイを持って突っ立ったままだった私にそう言って、凪沙さんは彼女の隣の席を手で叩く。


「え、いいよ私は向かい側で」


凪沙さんの隣をミツル君に譲ろうと彼女の誘いを断ろうとすると、凪沙さんが私の腕を掴んできた。


「だーめ。私ははるちゃんの隣がいいの!それともはるちゃん、ミツ君が隣が良かったのかな?」


「わぷ……危ないよ凪沙さん」


思ったよりも強い力で掴まれたことに驚きながら、観念した私は大人しく彼女の隣に腰を下ろした。


「それでさ、さっきの話の続きなんだけど」


顔をズズズと近づけてきて私を見つめる凪沙さん。その目には逃さないという強い意志が垣間見えた。


「ミツ君になんか言われた?それも褒め言葉とか」


ず、図星だっ!凪沙さんはエスパーか何かなのかな??でも、さっき隠し事が苦手と指摘されたし……私は努めてポーカーフェイスで彼女を牽制した。


「ふふ、やっぱり顔に出てるよ。……そっかー、はるちゃん。私が褒めたときは普通だったのに、ミツ君に褒められるとそんな感じになっちゃうんだね」


そんな感じとは……?これ以上墓に穴を掘るわけにはいかない私は、何も言わないと言う反則技に手を出した。


「弁明は無し、と。これは


おでこが当たってしまいそうになるくらい顔をさらに近づけてきた凪沙さんだったが、流石に恥ずかしくなってきた私は彼女の両肩を手で押して距離を取った。


「あ、ミツル君がきたよ。こっちー」


誤魔化すようにミツル君に手を振ったが、これは悪手だった。さっきまでの彼とのやりとりがフラッシュバックして、また顔に熱が集まってくる。

 

「お待たせ、2人とも」


柔和な笑みを崩さず席についたミツル君には、一切の照れが見られなかった。私だけ恥ずかしがっていたことが馬鹿みたいだった。


「それじゃあ、いただきます」


彼が席に着くのを見とめて、待ちきれないとばかりに手を合わせ、サラダうどんに手を伸ばす凪沙さん。可愛い。


「んー!美味しい!」


頬に手を当てて美味しさを顔いっぱいに表現する凪沙さん。可愛い。


「相変わらず美味しそうに食べるね、凪沙」


そんな凪沙さんを暖かく見守る?ミツル君。なんだか夫婦みたいだった。


「はるちゃんはどう?美味しい?」


「え、あうん。美味しいよ」


2人に気を取られてあまり味わえていなかったが、学食の唐揚げは確かに美味しかった。お弁当では出さない衣のカリカリさ加減と塩っ気すぎない程よい下味の旨み、男女問わず人気が出そうな一品だった。


「私も一口食べたいなぁ、ねえはるちゃん。一口交換しない?」


凪沙さんが唐揚げを羨ましそうに見て、そう提案してきた。量も多いし、なんなら一つくらい上げてしまってもいいくらいだ。


「いいよ、はい」


私は、一番大きな唐揚げを橋で掴み、下に手を添えながら彼女の口元に近づけた。


「はむ……んー!美味しい!!」


豪快に一口で唐揚げを頬張った凪沙さんが目をぎゅっと閉じて全力で美味しさを表現した。


「ささ、私のも食べてみて!」


凪沙さんがレンゲにミニサラダうどんを作って、食べさせてくれた。


「うん、こっちも美味しい!すだちかな?さっぱりする」


「えへへ、そうだねぇ」


凪沙さんは一瞬ミツル君の方をチラッと見て満足そうに同調した。人が多い場所が苦手で学食を避けていた私だったけど、2人が一緒だからかな?案外悪くないかも――


______________


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