それは二十歳になってから

一文字零

それは二十歳になってから

 男は一つの疑問を抱いた。普段何気なく暮らしているこの街、いや、この国全体の中で、たった一つだけ気がかりなことがあるのだ。そしてその疑問は、まるで食道にコブができて、そこを通るもの全てが引っかかってから胃に落ちるように、男の中で大きく痛々しい問題となっていた。

 男の心中にあるコブの原因は、どこにでもあるごく普通のコンビニにあった。

 レジに立っている店員の背後に、沢山の【何か】があるのだ。カラフルで、見た様子では手のひらサイズ。何やら律儀に番号が振られているそれらは、少なくとも男の目には、全くもって異様な光景に映った。

 ある日、男は意を決してコンビニの店員に聞いた。「あなたの後ろにあるものは何か」と。店員は答えた。「実を言うと、誰も分からないんです。僕はおろか、店長もオーナーも」

 男のコブは益々大きくなっていき、次第に痛み始めた。

 男は続けて言った。「じゃあ適当に、一番左下のものをくれないか? 俺はそれについて知りたくてたまらないんだ」店員は目を丸くしたが、すぐに左下にある手のひらサイズの何かを取り出して、バーコードをスキャンした。金額は二千円だった。男は「無駄に高いな。とはいえ相場も分からない」とぶつぶつ言って、お金を精算機に入れた。

 男は車に戻り、その手のひらサイズの何かを包むビニールを開封した。開けた瞬間に中から清涼感のある匂いが広がったので、男は怪しんでそれを顔から離したが、好奇心は止まらず、更に蓋を開けた。中には細い筒状の物体が何本か入っていた。

「なんだこれは。一体何に使うと言うんだ」

 最早自分で考えても何も解決しないと悟った男は、パッケージに書かれている会社を調べ、電話することにしたが、そもそも書かれている電話番号が現在では使われていないということが判明し、かえって謎は深まった。

 とうとう男は車のカーナビで、この手のひらサイズの何かを作っているであろう工場の住所を調べ、行くことにした。

 三時間ほど車を走らせ、男はついに辿り着いた。男は興奮を抑えながら工場の中へと入っていった。不法侵入などお構いなしである。

「これは、どういうことなんだ……」

 ツタが絡んだ廃工場のような外観の建物の中で、幾つものマシンが作動している非現実的な様子が、男の目の前には広がっていた。

 工場の中には誰一人として労働者はおらず、完全に無人で稼働しているようだった。

 男は少しばかりの恐怖に苛まれながら、工場内をしばらく探索していると、なにやら一枚の古びた紙が落ちていた。汚れを払って見てみると、そこにはこう書かれてあった。


 もしかすると、何も知らない人物がこの文章を読んでいるかも知れないので、製造していたものについて改めて書いておく。ここでは、【タバコ】と呼ばれるものを製造していた。タバコはタバコ葉を主原料とした嗜好品で、喫煙用に加工された製品である。ニコチン、タール、一酸化炭素などを含み、火をつけて煙を吸引し使用する。ニコチンによる一時的な覚醒作用や気分の高揚があるが、多大な健康へのリスクもある。日本では、二十歳になるまでその使用、及び販売などが禁止されている。タバコは「忘れ草」とも呼ばれ、心配事を忘れさせてくれるという意味から来ている。


 男は、右手に握りしめた手のひらサイズの何かの正体がタバコと呼ばれるものであることを知り、ちょうど隣に落ちていたライターで、タバコを吸ってみることにした。

 一度吸うと、男は未知の感覚に襲われ、段々と意識が朦朧としてきた。男はついにその場に倒れ、そのまま一晩の時が過ぎた。

 朝、男はむくりと立ち上がり、工場を真っ直ぐ歩いて車に戻り、帰路に着いた。

 男が見た古びた紙は、男が倒れた拍子に裏返って落ちた。裏面にも、ある文章が書かれていた。


 西暦二一九〇年、我が社は新たなタバコを開発した。最大限の美味しさと、最大限の依存性を兼ね備えた、文字通り究極のタバコである。しかし、人工知能にその開発と製造、そして出荷までもを全て任せてしまった故、誰もその製造方法を知ることが出来なくなってしまったのだ。それに加えて、我々がいくら製造を中止しようとしても、人工知能は動きを止めなかった。シンギュラリティに達したこの機械を、最早誰も止めることはできないだろう。そして今、このタバコを吸った社員の数名が、今までのタバコに関する記憶を全て無くしているという事案が発生している。我々は人々と社会の安全、そしてある種の隠蔽のため、この工場を破棄することにした。いずれ機械も止まるだろう。それでは、さらばだ。


 男はちょうど、二十歳の誕生日を迎えたばかりであった。幸いにも、捕まることはないだろう。

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