第10話

 8:30始業


「あれ、橋本休みですか?」


「うん、体調悪いって連絡あったよ。」


 ・・・。


***


 17:30終業


「お疲れ様でーす。」


 珍しく定時で上がる黒川を見て相沢は何かを察した。


「家行く気か・・・?」


***


 何買っていけばいいかな。

 飲み物と、おかゆ・・・?


 風邪ひいたときに食べるイメージのあるものをごっそり買い、橋本の家に向かう。

 家の場所は知っていた。


 インターホンを鳴らすと、いつもの橋本からは想像できない格好で出てきた。


「黒川・・・

 なにしてんの・・・」


 めちゃくちゃ具合悪そうだ。

 仕事でしか会わないからスーツのイメージが強いが、今日はスウェットにTシャツだった。


 家ではみんなそんなもんか。

 なんか、いつもより可愛いような。


 髪も下していてだいぶ雰囲気が違う。


 いや、今日はそういうことじゃなくて看病だから。


 そのように思い、気を引き締めた。


「上がるぞ。」


「ちょ、ちょっと待ってぇ」

止める声も弱々しい。


「体調わるかったら何も出来ないだろ。

 寝てていいから。」


***


 黒川が家に来た。

 色々買い込んできたみたい。


 何もできなかったから助かる・・・けど

 家に来られるのは想定してなかった。

 家散らかってるし見られたくなかったなあ。


 朦朧とする意識の中で考える。


「できたよ。」


 おかゆを作ってくれたらしい。

 何も食べてなかったので、お腹はすいている。


「ありがとう。」


 ゆっくり起きると、スプーンが口に運ばれた。


「えっ?」


 ぽかんとしてしまう。

 黒川のすることとは思えない。


 衝撃で意識がはっきりしてきた。

 さすがに恥ずかしいよこれ!


「自分で食べるのつらいかと思って。」


 少し照れながら言っている。

 こんなに人の世話焼けるタイプだったんだ。


 からかっているのかもとも思ったが、悪気はないようだったので口を開く。


「おいしい!」


 黒川は良かったと言わんばかりの安心した笑顔で、2口目をスプーンにとった。


「黒川が笑ったところ久々に見たかも。」

 気の置けない仲であるとこちらからは思っているので、思ったことをそのまま話した。


「笑うよ。」

 と言いながらも、すでに元の表情に戻っていた。


「いつも無表情だよ。」

 面白くて、対抗する。


 この前のことがあってから少し気まずかったけど、やっぱり同期と話すのって楽しいな。


 そんなやり取りをしながらお粥を食べ進めた。


「何かすることある?」

 お粥を食べ終えると、黒川は立ち上がって食器をキッチンの方へ運ぶ。

 皿洗いの他に、という意味らしい。


「特にないよ。

 ご飯ありがとね。」

 これ以上は申し訳ないので、何も頼まずお礼だけした。

 風邪ひいてるときは気遣ってくれるだけで嬉しいものだ。


「ほんと?」


「うん。」


 食器の片づけを終え、ベッドの方に戻ってくる。


 うう、意識がはっきりしてきただけに、さっきよりも恥ずかしい気持ちになってきた。


「じゃあもうちょっと見ててもいい?

 寝てていいから。」

 ベットの横に来たところで、腰を下ろしながらそう言う。


「なにを?」


「寝てるところ」


 さすがに驚きを隠せない。

「それは流石に恥ずかしいって!

 家に来られるだけで恥ずかしいのに・・・」


「さっきから見てるんだからいいじゃん」

 そう言って無理やりベッドに寝かされた。

 もう遠慮する気はないらしい。

 病人だと思って、強気になってるな?


 男女でこの体制、多少身の危険を感じそうなものではあるが、そんなこと考えもしなかった冴に悲劇が起こる。

 額に軽く触れる唇。

 数秒時間が停止したように感じた。


 冴の顔は真っ赤だったが、気にせず続ける。

「おやすみ」


「こんなの寝れるわけないじゃん!!!」

 怒り口調でそういうが、体調も悪いし、今起こったことについても考えたくないしもう寝ようと思った。


 目を閉じ意識を手放す。



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