第19話 コーラ.1

 部屋の窓からは、たくさんの星が見える。昔、お父さんと星の話をした。夜空の星は、北極星を中心に時計と反対方向へ回っていく。

 今日は星がいつもより眩しく見えた。遠くの星まで手が届くような気がした。

 

 ある日、一番頭がいいのはだれかなー? とお父さんが言った。家族四人で食事をしているときだった。

「そりゃ、お母さんでしょ!」

 そう得意げに言うお母さんに、それはない、と快晴はきっぱりと言い、「おれに決まってんだろ」と意気込んだ。

 私は、七が一番! と当然のような顔をしたけど、快晴に、お前はバカだろ、とあしらわれ、また快晴にイヤなこと言われたー、と助けを求めた。お父さんは優しげな目で、はは、と笑う。

 そのあとは皆で楽しくののしり合った。「さいきん快晴はユーチューブばっかみてるからバカになったんじゃない?」とお母さんが言ったところで、私は思った。

「お父さんは誰だと思うの?」

 少し考えて、「色々なことが閃く人が頭いい人だと思うから、おれじゃん?」

 とお父さんは言う。

「たしかに父さん遊びを考える天才だから父さんが一番じゃん?」

 快晴の意見に私とお母さんも、たしかに、と同意した。

 けれど、お父さんは、あー、と何か思い出したように、

「おれ、昔テレビで人は居る場所によって時間の流れが違うって言ってるの見て、未来に行く方法思いついたんだけど、すぐ忘れちゃったんだよなー」

 と言って笑い出し、忘れちゃったの? と皆で呆れて大笑いした。

「残念ながら、この中でおれが一番バカかもしれんな~」

 ひょっとしたらお父さんは未来に行ったのかもしれない。子供みたいに笑って。



「七ー、忘れてるー。入るぞー?」


 ドアを叩く音がしてから、快晴が入ってきた。左手には、るるぽーとの帰りに買ったコーラを持っている。右手のコーラは半分くらい減っていた。


「今日、外で宝石狩りのイベントやってたな」


 快晴は当たり前のように、私の椅子に座り机に背を向けた。


「まだ隕石採れるんかな?」


 快晴が私の部屋に来るなんていつぶりだろうか。これもハワイアン効果か。


「コンドライト? 快晴ぜんぜん駄目だったじゃん」

「まあそうだけど……」


 快晴はペットボトルを口にする。


 外では「ジーーー」やら「ビーーー」とか虫が鳴いている。


「んなことより、国語苦戦してんだろ?」

「そうだけど」


 快晴は立ちあがって、ちょっと待ってろ、と部屋を出て行った。


「これ使え」


 すぐに戻ってきた快晴から、私は一冊のノートを受け取る。「過去問まとめな」

 かなり使い込んだ感のあるノートだった。快晴がこういった泥くさい勉強をしてることが意外だった。てっきりタブレット派かと。

 ノートを開いて、もう一度驚いた。

 中身は余白余すところなくビッシリと文字が書かれていた。問題を解き、赤で直しをしたあと、間違った箇所には、なぜ間違えたのかを青や緑など目立つ色で書いてある。

 さらに、その問題から導き出される一般的な注意事項も書いてあり、問題を解くなかでわからなかった知識をわかりやすくまとめてあった。さらには、復習時に参照しやすいように、ノートの右側に解いた過去問の年度を赤ペンで書いてあり、自分がどれだけできていなかったのかが明確になるよう自己採点の点数も記載されている。


「すご……」


 あまりの完成度の高さに、この言葉しか出てこなかった。


「快晴やっぱすごいんだね」

「どーせ、七海もおれと一緒で読解力で苦戦してんだろ?」


 快晴はまた椅子に座り「てか、やっぱって、なんやねん」と口をつく。


「快晴も?」


 これも意外だった。快晴は勉強だけはできるイメージだった。


「まあ、父さんの子だからな」

「お父さん?」私は動揺した。


 いつの日からか、お父さん、はNGワードだと思ってた。何年ぶりかの話題に全身に力が入る。

 たしか小四んときだっけな、と机に置いたコーラを手にして「おれも国語ぜんぜんできなくて父さんに教えてもらったことあるんよ」

 と、快晴はコーラをぐいっと飲み干す。

 私は「へえ」と頷いた。

 快晴が小学四年生ということは、私は小一か。新しい日常が始まって夢や希望に胸いっぱいに膨らませてた頃だ。


「父さんが言っててさ。おれも文章がみんなと同じように理解できなくて苦労したって」


 ちょっと待ってな、と快晴はスマホをポケットから取り出して素早くタップする。「これ、すみばあちゃんに教えてもらったやつ」

 画面には一枚の答案用紙だろうか。ずいぶん古ぼけた印象だ。


「テスト?」


 快晴が二本の指で拡大すると、一年三組ほしみやひかると書いてあった。


「そう、父さんが小学生のときのテスト」


 きっと大切な宝物なのだろう。スマホの画面からでも保存状態の良さが伺えた。さすが、すみばあちゃんだなと思った。

 すみばあちゃんの我が子愛は人一倍で、ちょっとでも悪口を言おうものなら、雷鳴が激しく家を揺るがすほど迫力がある。


「ちょっと見づらい。携帯貸して」

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