第18話 光る石.2

 何度すくってもスープの中の麺がフォークにかからなくなったとき、お母さんが「二人も来るの?」と訊いた。

 食事も終盤にさしかかり、皆コップを手にして口直ししていた頃だった。私はショルダーバッグからウェットティッシュ取り出し、手元を簡単に拭いて帰り支度を始めた。


「もちろん! 去年の分も楽しまなきゃね」


 お母さんの問いに、マリアは親指を立てている。

 そんなことを言われると、勉強を放り投げてでもお祭りに行きたい気持ちになった。


「ほんと去年の天気おかしかったからねー」


 そう言ってお母さんは水を飲む。


「異常気象、異常気象。あんなゴロゴロ、ピッカピカの雷、マリアちゃん初めて」


 マリアは目を大きくした。

 そう、たしかに去年は異常気象といわれた台風がいくつも発生したり、全国各地で局地的な大雨に見舞われたのだった。


「なにか不吉なことが起きないといいんだけどな……」

「日本沈没……なんてねっ」


 お母さんは、パピヨンの言葉を笑い飛ばす。

 でも、パピヨンが言うのも一理あるかもと思った。そもそも星崎神社でまつられている石は、神様の竜が落ちた物とされているわけで、雷雨は神様が怒ってると考えてもなんら不思議でなかった。

 私は、ふと疑問に思う。


「神社に落ちた隕石って、ほんとにあるの? 」


 ご神体の竜の石。唐突すぎる気もしたけど思いのまま口にした。皆の視線が私に集まった。


「んなのただの伝説だって」


 快晴は言って、うどんの汁を飲み干した。少しさげずんだ感じだった。


「本殿のどこかに眠ってるとは聞くけど」


 お母さんの言葉に、快晴は、ないない、と手を横に振る。


「ま、だれも見た人いないからね」そーそーと快晴はお母さんに相槌をしている。

 

 やっぱ、伝説はただの昔話みたいなもんなのかな……私も思い当たる節がなかった。

 これ以上、蔑まれたくない。私は話題を変えなきゃ、と、お尻の位置を奥にずらして椅子に深くもたれかかり、小さく息を吐いてから、気持ちを切り替えようとした。

 そのときだった。


「マリアちゃんあったわー」

「え?」


 私は顔を上げ、体を前のめりにしてマリアを見た。すごく得意気な顔をしている。


「ほんと?」


 訊き返した私の言葉が面妖めんようだったのは、実のところ、地元では暗黙の了解で、石はない、というのが常識となっていて、この話をする人はほぼいないからだ。

 学校で、石はある、なんて言おうものならクラス中から馬鹿にされるのがオチで、自分もその一人だった。


「そういえばキラッキラした石、マリアちゃん見たことあるのよ~」

「何それ、めっちゃ初耳なんだけど! マリアちゃん、すごいじゃん」

「はあー? それほんとかぁ~?」


 お母さんとパピヨンも初耳のようだ。

 私も腕組みをしたまま、キラキラした石を想像した。


「ずいぶん前の話だけどね~」

「いつ?」


 平静を装ったつもりでも、テーブルの上の私の両手は力みで汗ばんでいた。

 少し間を置いてから、マリアは、小学校……一、二年生くらいかな、と言った。

 するとお母さんが茶化す。

「マリアにもそんな頃があったんだ」と。


「当たり前じゃな~い。マリアちゃん、お人形さんみたいに可愛かったんだから~」


 てへ、と舌を斜め上に出してマリアは照れ臭そうに謙遜した。


「で、どこで見たの?」


 お母さんは、じっと見て確信に迫った。


「マリアちゃんのおじいちゃんに見せてもらったんだ~」


 おじいちゃん?

 たしか——呉服屋をやっていたと聞いた覚えはあったが、私にはさっぱりだった。謎は深まるばかりだ。


「んー……マリアちゃんの家だったかな~」

「家?」快晴はそう訊いて水を飲んだ。

「そう、お家。ねえ? パピちゃん?」

 はあー? パピヨンは含んでた水を少し吹き出す。

「おれは知らんわあー」と笑いながらマリアの方を見ている。

「じいじの家?」

 お母さんの問いにマリアは少し詰まった。

「そう、じいじのお家だったと思うけど、大昔の話だからマリアちゃんの記憶曖昧かも~」


 そう言うと、マリアはコップをテーブルに置いて腕を組んだ。首をかしげながら可愛こぶっている。


「てか、なんでじいじの家に竜の石があったん?」


 何だか、はぐらかしている様子のマリアに、快晴が真面目な顔で訊いている。


「大昔の話だからな~」


 私は、なあーんか雲行きが怪しいかも、と思った。

 皆の視線を浴びるマリアは、んー……と少し間を置いてから続けた。


「厳密に言えばなかったかな」

「なかった? どういうこと?」

 お母さんの声が大きく響いた。

 私の頭の上でキラキラした石がぐるぐる回る。

「マリアちゃんが見たのは絵なのよ~。おじいちゃんが描いてくれた」

「絵?」皆の口が揃った。


 私には理解できなかった。じいじの空想、という認識でいいのだろうか。


「そうなのお~」

「もーマリア紛らわしい!」


 マリアはお母さんに向かって、てへっとまた舌を出してぶりっ子する。


「はあー? ほんと紛らわしいわ」「なあーんだ」というパピヨンと快晴の声も落胆している。


「ごめんね~。皆んな真剣な顔するからなかなか言い出せなくって~」


 マリアはお茶目にきょとんとしてから、


「よし! 次はショッピング、ショッピング」


 と、今度はちょこっとだけ舌を出して、てへっと笑って見せた。

 この顔、絶対悪いと思ってない。

 はああー。結局、真相は闇のままか……。

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