第15話 ハワイアン.1
店内は賑やかだった。
女性の店内アナウンスと心弾ませるリズミカルな音楽が流れる中、私たちは足を進める。軽い身のこなしのマリアと、それにつられて浮かれているお母さんを筆頭にして。
「わお涼し~、人いっぱいね~、なんだかスキップしちゃうっ」
陽気なマリアは、常夏や南国を連想させた。ゆったり流れる波と心地いいウクレレの音色。あとハイビスカス。
お母さんがご機嫌な理由もこの影響だった。対マリアの際はいっつもこうで、明らかに南国に引っ張られている。
ハワイアン音楽でも流がせば二人でフラダンスでも踊りだしそうだ。
「まずはご飯でいいー?」
お母さんの大きな声に周囲の人たちの視線が一気に集まり、
「ヒュー! なに食べよー」
マリアの声で、さらに視線が集中した。
「……」
——今、この親子に関わってはいけない。
私は少し距離を取って歩きながら、他人のふりをする。周囲のざわめきとアパレル店員の呼び込みの声が、ふと耳につき始め、私は何となく今年の夏のトレンドを目で追っている。
「そーそー海鮮丼の店が新しく入ったんだってぇー」
「ワーオ! 海鮮丼いいわねー」
南国気分の二人は周りの視線など、どこ吹く風だ。
「パピちゃん海鮮物好きでしょー?」
次は、パピヨンに絡み出した。
お母さんが後ろを向いて訊くと、パピヨンは「はあー?」と茶目っ気たっぷりな返事をする。まんざらでもない表情と、ちょっとばかり嬉しそうなリアクションはチャーミングだった。
祖父のパピヨンの、本日の出で立ちは、まばらの白髪のオールバックに、手にはセカンドバッグ、服は愛用の、上下、赤色に黒字の入ったジャージで、風貌はVシネマ俳優そのもの。そんなパピヨンに向かって、マリアはいつも黄色い声援を送っているのだとか。
よく怖い人と誤解されるが、口癖の愛嬌と優しさが溢れ出た、はあー? が私は大好きだった。
少しだけ、私のコーラにも炭酸の泡がぷくっと上がった気がした。
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