第14話 トロピカルジュース

 想定していた時間よりも早くショッピングモール『るるぽーと』に着いた。入口にある『駐車場のご案内』と書かれた誘導看板には『満』という字がいくつか赤く光っていた。

 店舗から近い平面駐車場は全て満車と表示されていた。


「これ、満車になってるけど絶対出てく人いるよねー?」


 車は意気揚々と敷地内の駐車場に入って行く。


「母さん~。さすがに無理じゃねー?」


 見るからに駐車場は一杯だ。モールに隣接した立体駐車場も満車の表示されている。多少の歩きは避けられないけど、敷地外の駐車場の方が無難だろう。


「やだー。こんなに暑いのに歩けないー」


 お母さんは子供みたいな声を出してハンドルを操作する。——と、目の前の車が絶妙なタイミングで出て行く。


「やっぱ私もってるわ~」


 不思議とお母さんが運転すると駐車に困ることがなかった。


 ハンドルは得意げに切られ、車はモール付近の空いたスペースへ手際よく駐車され、

「なんかここ来るの久しぶりじゃなーい?」

 そう言ったお母さんは、日よけ用のサンシェードをフロントガラスに広げ始める。

 外に目をやると、規則正しく並んだ車の向こうに、ちぐはぐに塗装されたパステルカラーの建物が連なっていて、『みどりの大広場』とよばれる緑地も整備され、整った芝生の先には遊具に花と緑に囲まれた六角型の高台と巨大な屋根がついたイベントスペースはテーマパークのようだった。『るるシネマ』と掲げられた大きな看板もある。


「おれ、セカンドラブ観たいんだよなー」


 快晴の言葉で、ああ——昔は映画好きのお父さんの影響で月に一度はでここに来てたっけ、と私は思った。


「あんた、いつからそんなやつ観るようになったー? わかったー! 桃ちゃんと来るんでしょー?」


 お母さんは後部座席から身を乗り出し、違うって、

と慌てる快晴とたわむれている。

 ……いや、すごくうざいんですけど。

 ほんとに。


 私にはこの高低差が痛々しく感じた。

 二人は氷たっぷりのコップに勢いよく注がれる炭酸で、リズミカルな音とキラキラしたサイダーみたいだった。眩しすぎて見ていられない。

 かたや私は、長時間放置された生ぬるくて甘ったるい、炭酸なんて一泡もありゃしない飲む気も失せるコーラだ。


 そんな気持ちも知るよしもないお母さんに、急ぐわよ、と車を降りてすぐに促され、皆で走り出す。

 外は照りつける日差しもさることながら、照り返しでアスファルトから立ちのぼる熱は凄まじく想像以上に暑かった。


「ちょっと待ってっ」


 何で? あと一歩で涼めるのに——モールの入口の前で立ち止まったお母さんは、今どこ? 今着いた着いたっ、とスマホに話しかけながらキョロキョロと顔を振る。バス停の方? とふたたびお母さんは口にする。

 早く中入れよ、と私は噴き出た汗で前髪を額に張り付かせながら繰り返し心の中で叫んでいた。

「あれじゃん?」と、快晴が指を差すけど、当たり前のように私は反応を示さなかった。

 お母さんが叫んだのは、私がしびれを切らして一人で中へ入ってやろうか、と足を半歩進めたあとだった。


「マリアーー! こっちこっちーー」


 マリア?


 私は声の方を見た。

 ——なるほど。


 パイナップルにオレンジと飾られたトロピカルジュースだ。

 すぐにここまでの一連の流れを何となく察した。


「暑いわね~マリアちゃん溶けちゃいそ~」


 小ふざけ気味にやってきた老婆の隣で、パピヨンは、よっ、と少し照れくさそうに手を上げ「暑いなー」と手で汗を拭っていた。

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