第11話 属性は完全に闇となる.2

 学校からの帰り道は、ほぼ会話はなかった。小春は醸し出す異様な負のオーラを察したのだろう。

 でも、私はそんな気をつかってくれている友達にすら嫌悪感を覚えていた。そんな自分が嫌になった。

「じゃ、七またねー」

 小春はトンと優しく私の肩に手を置いて、自分の家へと歩いて行った。

 はーい、と私は声を絞り出し、そっと手を上げる。小春の背中を目で追い、ドアを開け中へと入って行くのを見届けた。

 そして、完全に姿が消えるのを確信し、自分の家に背を向けた。

 

 三十秒ほど歩くとある近所の小さな公園。幼少期からなんら変わっていない。とはいえ、ここに来ることなんてないのだけれど。

 足を踏み入れて真っ先に思い浮かんだのが、お父さんとの記憶だった。私はまだ現実逃避しているのだろう。ため息しか出なかった。


 あんな感じだ……


 視線の先には、父親に支えられ、自転車にまたがる女の子がいた。

 よろよろとおぼつかない足取りで、ゆっくりとペダルを漕ぎ始める。三、四才くらいかな? そんなことを考えながら私はうつろな目でながめていた。

 自転車。視線の横には鉄棒。さらにブランコにジャングルジムのてっぺん。

 私の初めてには、いつもお父さんがいた——


 一体どこに行ったんだ。


 あー何か腹が立ってきた。こんなときにどこで何してる。どうして私だけ——

 心の中が、燃えるような怒りではなく、燠火おきびのようにいぶっていた。このままでは本当に全てを破滅してしまいそうだった。

 全体が見渡せる木陰のベンチにそろりと座る。

側から見ればお化けか——。

 そもそも私はなぜここへやってきたのだろうか。きた理由も定かではなかった。

 こんな状況で、お父さんを思い出してしまう自分にも腹立たしかった。何もなくむなしい。虚無ってこんな感じなのだと思う。

 ああ、このまま消えてしまいたい。一人にさせてくれ。

 目の前の砂場で遊んでいる小さな男の子にすら、よこしまな感情を抱いていた。

 大してすごくもないのに、すごーいすごーい、とはしゃぐ母親にも。早くどっか行ってくれ。

 くそが、と心底自分の性格の悪さに反吐へどが出た。

 遠くの雲がのん気に流れて行くのを途方に暮れて眺めてやるけど、今朝、目にした光景とは全く別のものだった。想念がこうも違うものなのか。

 今はただただ、わずらわしいだけだった。

 ふと目の前の母親と視線が合った。

「ゆうくんーそろそろ帰ろー」

 男の子は、やだーと駄々をこねて、ありの大群を踏んづけている。

「だめよー蟻さんかわいそうでしょー」

 意識高い系かよ。辟易へきへきした。

 母親はバツが悪いのか、わざとらしく子供を抱きかかえ、砂場セットを手にして公園をあとにした。


 私は無残に踏みつぶされた蟻たちをしばらく眺めた。生憎あいにくかわいそうなんて感情は一切湧いてこなかった。

 これが人間の本来の姿。人は自分勝手に正当化して生命を奪い続ける生き物だ。

 エスディージーズ? 誰が決めたのか知らんけど、蟻たち側の正義を思えば、人間が存在しない世界の方が平和なはずだ。

 はたして人類は正しい方向へと向かっているのだろうか。まあ、どのみち私には関係ないのだけれど。

 人間VS蟻。

 案外、人工知能を駆使くしした蟻とかだったら、蟻に軍配が上がる気がした。

 あ。

 気がつくと辺りには誰もいない。もうじき日も暮れる。やっと一人になれる。

 深く息を吐いて肩を落として上を向いた。首の後ろが気持ち良くて、あああ、と声が漏れた。


 そのとき、葉桜が揺れる。

 ざわついて、額が濡れた。

 雨。


 秒で茫然自失ぼうぜんじしつとなる。

 どうして私ばっか。

 こんなに頑張ってるのに。どうして……

 くそ。

 徐々に雨足が強くなってきた。みるみるうちに足下のスカートの袖までびしょ濡れになった。

 それでも一歩も動く気力はなかった。

 強雨に打たれながら、さっきいた母親を思い返した。なだあいつ、と反射的に舌打ちをした。

 冷たくとがった視線。まるで不審者扱いだった。目が合っただけで帰るとか。まだお化けのほうがましだ。

 私は一人になりたかっただけだなのに……

 かろうじて理性で感情を保ってみたけど、泣きそうになってまた上を見上げた。

 羞恥しゅうちと屈辱にも似た気持ちが混合し、重なり合って喧嘩する枝葉の隙間から覗く空に色なんてない。

 そして思う。


 終わってる……


 ここまで被害妄想が勃発するなんて完全に終わってる。救いようが無い。いっそこの雨がこのまま降り続けて日本が沈没すれば勉強なんぞしなくてもいいのに。などと物騒なことも考えはじめている。


 今日は……

 勉強するのやめよ。

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