第8話 神沢飛月.1

「ごめーん 待たせたあー」


 軽快に門扉を開けると、小春が待っていた。

 小春は幼稚園からの幼馴染で家は裏向かいにある。両親が学校の先生ということもあってか常識的というか模範的で、私の口の悪さも角が立たないように指摘してくれる親友だ。

 簡単な挨拶を交わし歩き出すと、小春が話しかけてきた。


「メール送ったけど」

 夜中のメールだ。「ごめんごめん。属性、闇やった」

「またあー?」

 小春は私の顔を呆れてた表情で見ている。


「ああー、何であんななんだ。うちの母は」

 まだ耳の奥がキンキンしていた。

「まあまあ。賑やかでいいじゃん」

 小春はさとすように言う。

「うるさいだけだって。外まで聞こえたっしょ?」

「まー、聞こえたけど……」

 小春は苦笑いした。


 最悪だ、と私はうなだれる。家の外にまで実際に声が漏れてるという事実。改めて恥ずかしく思った。

 近所の目が今更ながら気になった。この辺は田舎ではないが比較的閑散とした住宅地なのだ。

 空気読めない。自己中心的。声でかい。片付けできない。だらしがない。がさつ。足音うるさい。八つ当たり。電気つけっぱなし。言い訳ばっか。行き場のない感情が溢れ出して、頭が痛い。

 私は絶望している。「あんな家とっとと出てていきたいー」

「またー、そんなこと言うー」

「自由を手に入れる!」

「でたでた、いつもの台詞」

 小春はやれやれといわんばりに嘆息たんそくした。

「まあ、自由になりたいとは思うけど」

 珍しい。私の自由を肯定するなんて。何かあったか? いつもの小春なら、贅沢言わない! とか言いそうなもんだけど。

「でも、闇ってたわりには今日機嫌いい。なんかあったん?」

「ないない。日々、不自由な毎日だって」

 はは、分かる分かる、と小春は小さくうなずいた。

「ま、ひさびさ天気は良き日だけど」

 私はマンホール位の水たまりをぴょんと飛び跳ねた。

「あー、そろそろ梅雨明けだってねー」

 小春が言うと、私は前を向いたまま、

「見た見たネットでー」と答えた。

 そろそろ……てことは、まだ雨は降るのか。


「今日から梅雨明けでいいのにーー」


 空を見上げてなげくと、雲一つない快晴だった。やっぱ青が好き、と改めて感じた。

 ほころぶお天道様てんとうさまに、優しく肌に触れる風。私のために鳴く小鳥たち。そよ風の行き先には、星崎神社と書かれた大きなのぼり旗がゆらゆらなびいている。

 ふと、思った。——大丈夫だろうか? そろそろ星宮ほしみや快晴が全速力で走っているころだった。


「今年はお祭りできるかなー?」

「どーだろ、今年はやるんじゃない? うちの快晴、張り切ってるし」

「うちもうちも! 梅雨明けたから山車の準備だーって、今朝おじいちゃん飛び出してった」

 小春の表情は浮かなかった。

「はは、しげさんらしいっ」

 星崎神社では毎年、夏に『竜の石』をまつったお祭りが行われていた。

「あー、うちらは勉強かー」

 思いのまま言葉にして、私は行手を邪魔する小石が生意気に見えて蹴飛ばしてやった。

「七は夏期講習だっけー?」

「やるやる。うちの母うるさいから。小春ん家がうらやましい。教えてくれる人いて」

「はは。そんなことないって」

 小春はぼんやりと顔を上げた。

 やっぱ、何かあったのか? 小春の家族は円満なはずだけど。いつもの覇気はきは感じられなかった。

 私は、ふーん、と横目で様子をうかがってから「オーケー。良い情報あったらメールするー」と口にすると、小春は「うん、ありがとー」とにこりとした。

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