第2話 プロローグ.2

「……ん?」


 ふと見渡すと、そうでもないな? と、またおかしなことを考え始めた。よくよく見ると、部屋の中は単色の黒ではないのかもしれない。灰色でもなく、墨汁ぼくじゅう色とでもいおうか。

 何ともこの中途半端さが、今の自分のように思えて笑えた。冷たく刺すような空気も幾分かまともになった気もする。


 ——何だろ?


 目が暗闇に慣れてきたのか、四方向からの圧を感じる。


 ……てか、ただの壁なのだけれど。


 次第に、天井の存在も認識できるようになり、こりゃあ、黒の四角い箱の中に一人だなと思ったところで、スマホが鳴った。

 そして、ばかやろう、とスマホを手にしてすぐに放る。

 名前と通知の文面で、メールの内容は何となく把握できた。あと時間も。現在の時刻は二十二時だ。


 ——一瞬にして、私の頭上に感情が散らばった。


 一人でいたいと思う自分もいるけど、一人ぼっちは嫌かもと思っている自分もいる。割れた太陽みたいに、自分でも何がなんだかわからなくなって、疑心暗鬼になった。

 どっちの私が自分? 胸が締めつけられた。

 皆、こんな矛盾を抱えて生きているのだろうか。

 私だって皆から、いいねって言われたい。いつからだろう——

 お父さんはいつ帰ってくるの?  と、口にすることをやめたのは……


 再び仰向けになった。ゆっくり目を閉じ、再び暗闇を求める。すっかり薄暗い天井にも目が慣れてきた。つむる前とさほど変化はなかった。……息が静かに奪われていく。

 すると真ん中の方に少しモヤがかかっているものがあるような気がした。


 何だろ? このモヤは。目についたゴミ?

 

 月あかりだろうかと思うも、すぐにそれはないと確信した。カーテンはすでに確認済みだった。

 再び窓に視界を移してから、目をつむった。その何かを必死に認識すればするほどまゆの間あたりに力が入っていき、一点に意識が集まってくる感覚におちいる。段々と眉間にしわが寄ってくる。


 ……ちょっと力みすぎだな、と思い、一呼吸おいて楽にした。


 ——何となく白っぽくも見えるけど、徐々に紫と青が混ざったような色にも見える、と思えば黒い渦を巻いて突然真っ黒。


 だめだ。

 私のボキャブラリーでは言語化できない。すぐに諦めた。


 と同時に、さっきまであれこれ考え悩んでいたことも、もうどうでもよくなってきた。呼吸の感覚さえも定かでなかった。


『こらー。快晴かいせい七海ななみ、落ち着けー。深呼吸しろー』 


 これはお父さんの口癖。何度も聞いた台詞せりふだ。


 気持ちが行き先を見失い、世間の人たちがいう、おそらく間違っているだろうと思われる方向に一歩踏み入れると、決まってこの言葉が聞こえてくる。

 優しい光と懐かしい思い出と共に。

 私は、白くきよくいたいと思うも、本当の自分は残虐ざんぎゃくで真っ黒なのかもしれないと、思うことがある。

 もし地球上の何もかもを破壊する力を得ようものならば、私は悪魔にだって心を売り渡してしまうかもしれない。

 空高く舞い上がり、高らかに笑い、凄まじい破壊力の闇の魔法を乱発し、次々と街をちりにしていく自分を創造したが、決して気持ちのいいもんでもなかった。

 ここで、また疑心暗鬼になった。破滅に孤独と失望。そして今、世間で流行りの絶望か。


 ——ん?


 心底、自分のことを面倒なヤツだと思ったとき、疑問が湧いた。

 絶望を通り越すと何がある? 通り越すとどうなるのだろうか?


 また、おかしなことを考え出した私は、しばらく絶望の先について考えるが、答えは何も出てこなかった。気持ちが右往左往うおうさおうするだけだ。この痒いところをかけない、この感じ……

 あああああー、という言葉にならない声が出て、頭が沸騰したところで、両手両足を広げてバタンとした。


 そろそろ正気に戻らねば。このままでは普通の生活に支障が出る。

 そう思っていると、私の脳も、さすがに自制心が働いたのだろう。お父さんの記憶が頭の中を駆け巡ってきた。一つ小さく息を吐き、頭の中のお父さんを探す。

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