第9話 山中の首なし死体

「そうなんだよ。あの骸骨だけどさ、まだ誰が作ったのかは分からないけど、モデルになった卒業生は分かったんだ」

「モデル?」

「うん。あの作品、すごくリアルに作ってあったでしょ? もしかして、と復顔法……、えっと、粘土で顔を再現してみたんだけど、この狙いが見事嵌ったんだよ」

 そう言いながら、李一はポケットから携帯を取り出し、画面を山吹へと向けた。画面には昨日作ったあの塑像が待ち受けとして表示されていた。

「あら、すごい上手」

 山吹が感心した様子でそう零すと、褒められた梅野が勢いよく主張した。

「それ! 俺が作った奴! いや~、照れるな~」

 少し大げさな手振りでわざとらしくアピールする梅野だったが、実際、塑像は非常にうまくできている。

「改めてみると本当にうまいな」

「李一のは、ひ、酷かったからね」

「えー、俺のも結構いい線行ってただろ。でも、梅野がいないと再現は出来なかっただろうな」

 反論する理由もなく賛同すると、予想外だったのか梅野はばつが悪そうに押し黙ってしまった。どうやら本気で照れているらしい。

「で、これが卒業生の写真」

 それはそれとして、李一は画面を切り替えて部員名簿の卒業生の集合写真を山吹へと見せていた。十五年前の写真に、先程の像とそっくりの少女が五人の他の生徒と共に写っている。写真の隅には卒業生の名前が並んでおり、彼女が百瀬三奈子という少女であることを示していた。

「百瀬三奈子?」

「きっとこの人に聞けば、誰が作ったのか知っているはずだよ。知らなくても作者は彼女に親しかった人に違いない。学生当時の話を聞けばきっとたどり着けるはずだよ」

 李一が得意げな表情で話す一方で、山吹の顔は曇るばかりだった。

「どうしたの?」

 李一が彼女のおかしな態度に問いかけると、山吹は緩やかに首を振った。

「……彼女に、話は聞けないわ」

「えっ?」

「百瀬三奈子さんは鬼籍に入られてるの」

 しばらく、四人は山吹の言葉を理解できずに黙り込んだ。しかし、理解できたものからその顔は青ざめていった。

「し、死んでるってこと……?」

 震える声で栗田が聞き返すと、山吹はうなずいてその言葉を肯定した。

「ええ。その名簿の写真が撮られた後に行方不明になって、卒業式の数か月後に遺体が見つかったらしいわ。……山間部で頭の無い状態でね」

山吹の話を受け、四人はそれぞれ大きな衝撃を受けた。大量に作られていた骸骨に、その反面、頭の無い状態で見つかっていたモデルの少女の遺体。栗田は真っ青な表情で怯え、梅野は気味悪そうに顔を顰めていた。李一は何を考えているのか、無表情で考え込んでいる。

「話がきな臭くなってきたな」

 柿崎は眉間にしわを寄せて渋い顔をしてつぶやいた。

 山吹もあの作品のモデルが百瀬三奈子だったことに対して、不気味さを感じ、緊張しているようだった。

「……分かった。もう、この話は忘れて頂戴。先生には私から報告しておくから」

 強張った声で話を切り上げようとしたが、李一がそれにストップをかけた。

「待って。約束が違うよ。作者を見つけたら学校に伝わる怪談話を教えてくれるって話だったじゃないか」

 どうやらまだ諦めるつもりがないようで、不満そうに口をとがらせていた。

しかし、そんな李一の態度にも山吹は取り付く島もない毅然とした態度で要求を突っぱねた。

「あの話は無かったことにして」

 正直、柿崎にとっては、山吹の態度は有り難かった。悪趣味な作品の作者を探す程度ならまだ遊び感覚で楽しめたが、曰くつきの話にまで首を突っ込みたくはない。他の二人も同じ気持ちだったらしく、山吹の言葉にコクコクと頷いていた。

「そ、そうだよ。止めとこうよ。変な話に首を突っ込むことはないよ」

「仕方がないって。諦めようぜ」

 二人が必死になって宥めると、李一は考えをめぐらすように視線を動かし、強張った山吹の顔を見て、つぶやいた。

「…………分かった」

 二人はほっと胸をなでおろし、安心したように顔を見合わせた。山吹も普段通りの無表情からは分かりづらいが、心なしか肩の力が抜けたように見えた。

 柿崎もほっと息を吐こうとしたが、目の前にいた李一がすっと視線を走らせた事に引っ掛かりを抱いた。

 諦めたにしては、李一は落ち込んだ様子もなく、どこか思索にふけっているような上の空な態度をしていた。

 柿崎は李一の様子に戸惑い、声を掛けようと口を開きかけたが、そこに始業を告げる鐘の音が鳴り響いた。鐘が鳴ったのならば、席に着かねばならない。誰が言ったわけでもなく、各々が自分の席へと戻って行く。柿崎は歯がゆい思いで追及を諦め、李一へと背を向けた。

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