第7話 骸骨のモデル


 李一はもう一度、骸骨へと視線を落とす。明確に何者かを模倣された創作物。その正確さは作った人物の執念を感じさせるとともに、ただ熱意だけで作られたわけではないことを表している。

 知識に裏付けされた表現物からは狂気の所業の中に理性が垣間見える。栗田が口にした『目的』という言葉。それは、的を射ていると李一には感じられた。

 そして、これが『目的』があり、理論に沿って作られたのならば、同じく理論的な対抗手段が使えるはずだ。

 真剣な表情で準備室から油粘土を引っ張り出して来た李一を三人は不思議そうに見守っていた。李一はそんな視線には気にも留めず、骸骨の一つの前に陣取り粘土を張り付けだした。

「なあ、李一。これって何してるんだ? 型取り?」

 腕組みをしながら、梅野が興味深そうに手元を覗き込む。

「なるほどな」

 一方で、柿崎は李一の行動に見当がついたのか、感心したように息をついていた。

 李一は手を止めることなく、にやりと笑うと、意味ありげに口を開いた。

「昔この辺で白骨死体が出てきたのって知ってる?」

「えっ! こ、怖い話は今はやめてよ!」

 栗田がうんざりした顔で首を振る。

「しないしない。結局のところ事件性は無かったんだ。まぁ、身元不明の白骨死体ってことで捜索がされたんだ。それで手がかりとなったのが歯の治療痕と似顔絵だったんだ」

「似顔絵ぇ?」

 素っ頓狂な声を出したのは、梅野だった。見るからに不可解そうに眉をひそめている。

「白骨死体だろ? 骨だけなのに似顔絵っておかしくないか?」

 不服そうに口を挟む様に、迷い蛾の怪談に意を唱えたときの柿崎を思い起こし、李一は可笑しくなって噴き出した。方向性こそ違うが、この友人二人は根が似ているのだ。

 話を逸らされたと感じたのか、じろりと梅野が不服そうに李一を見た。李一は咳ばらいをして誤魔化し、気を取り直して梅野の問いに答えた。

「ああ。そこで使われたのが復顔法だ。骨を肉付けして元の顔を再現する。その再現した顔を基にして捜査が行われたってわけだ。つまり、この骨も復顔法を使えば、モデルになった人物の容姿を知ることができる。歯の治療痕を再現できるぐらいなんだ。モデルも美術部の関係者の可能性が高い」

「顔が知れれば大きな手掛かりになるな! いや、それどころか、もう一躍解決するんじゃないか?」

 真相解明の道が見え、四人は色めき立った。期待を込めた眼差しで、粘土が骨に張り付けられていくのを見つめる。

 短くはない時間が過ぎた後、ついに李一の手によって復元された顔が出来上がった。

「これが、この骸骨共のモデルの姿! ……うーん?」

「おい、李一」

「こ、これは、大分駄目なんじゃない?」

 しかし、出来上がったのはボッテリとしたひょっとこのような奇怪な出来の塑像だった。

「ごめん。厚みが分からん」

「厚みの問題かぁ? 男か女かも分からないじゃないか。ちょっと貸せ。肉を盛りすぎなんだ」

 ばつの悪そうな顔をしている李一から粘土をもぎ取ると、梅野は腕まくりして粘土を剥いでいく。その手際を眺めながら、柿崎も横から口を挟んでいく。

「おい、そもそも鼻が無いじゃないか」

「え? 骨がないから鼻は無いんじゃない?」

 ふっと笑いをこぼし、梅野が顔の中心へ粘土を寄せていく。

「馬鹿、鼻は軟骨だから残らないんだ。鼻を盛るぞ~」

 意外にも梅野は器用にもするすると見事に鼻を作り上げ、尖りすぎていた口をささやかなアヒル口へと変貌させていた。

「ほぉー、上手いもんだな」

 滑らかに顔がつくられていく様は実に見事で、にわかに場が盛り上がっていった。普段喧嘩ばかりの柿崎も、今ばかりは梅野の手際に感心していた。

「か、髪も欲しいよね。印象変わるよ」

「ショートにしよう、ショートに。ここは~、垂れ目でいいかな? 頬はもうちょい盛ってやろ~」

「遊んでるんじゃないんだぞ。ったく性別も分かってないのに。あ、眉はもうちょい下、そう、ちょい下、うん。完璧だ」

「髪ってモップでいいかな。お、良い感じにおかっぱ」

 あーでもない、こーでもないと四人で口を出しながら塑像作りを続けていく。

 そうして出来上がった顔は、自然な仕上がりで、街中ですれ違ってもおかしくないような人の顔をしていた。おかっぱ、垂れ目、小ぶりな鼻に少しとんがった口、どことなく自信がなさそうな様子の女子生徒だ。

 いつの間にか準備室から部員名簿を持ってきていた柿崎が、ぱらぱらとページをめくっていた手を突然止めた。

「マジか……」

 驚きの入り混じった声は、興奮から少し震えていた。

 十五年前の部員名簿、その集合写真の隅に似た顔の少女がひっそりと立っていた。

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