第6話 骸骨の目的

 旧美術室のロッカーを埋め尽くす髑髏たちは、今現在作品の整理を行っている美術部と生徒会の大きな悩みの種であった。大きく異様な存在感を放っているというのに、この作品たちは、作者はおろか作られた年代すら分かっていない。勤続六年になる美術部顧問の今村先生が言うには、着任した時にはもう旧美術室に在ったという話だった。

 OGOB会にも協力を仰ぎ、目下作者を捜索中らしいが名乗り出る気配もなく、難航している。

 柿崎の手を借り、李一は立ち上がった。手がかりはこの髑髏たちのみ。幸い、美術部は部員名簿を作る伝統が連綿と受け継がれており、候補者の名前だけは分かっている。

 歴代の部員名簿のバックナンバーも、この旧美術室の準備室へすべて収められており、いつでも閲覧できるようになっている。なんでも、個人情報の保護の観点から、この改築を機に処分する話が出ているため、メインに使われている第一美術室から運んできたらしい。確かに、倉庫同然の鍵もかかっていない空き教室に放置する現状を見ると、今までの杜撰な管理が透けて見え、そんな話も出るだろうと想像できた。

 李一は気を取り直し、髑髏をまじまじと見つめた。

「ははは、さすがにじっくり見れば作り物だって分かるな。とりあえず手がかりを探そう! これだけ壮大な作品ならサインの一つぐらい書いてるだろう」

 李一が強がりながら強張った笑顔を浮かべると、友人たちが乾いた笑みを漏らしながら、のそのそと各々が髑髏たちへと歩み寄った。

 髑髏たちの検分を始めてから、時計の長針が一周し終わった。何の成果もないまま、無為に時間だけが過ぎていく。李一たちもあまりに見つめ続けたせいで、もはや髑髏たちに対して何の感情も浮かんでこなくなってきていた。

「なんもねーな。てか、もう名前がないかどうかとかって山吹ちゃんたちが見てるんじゃ?」

「……うるさいな。文句を言わず手を動か――」

「ストップ!ストップ!」

 目を離すと喧嘩を始める梅野と柿崎の間に、雑に李一が止めに入る。髑髏の鑑別で疲れているのか、二人は舌打ちをしただけで素直に引き下がった。

 李一が密かに胸をなでおろし、視線を髑髏に落とすと、それまで黙っていた栗田がぼそりとつぶやいた。

「こ、これだけあれば一つぐらい本物があっても、わ、分かんないね」

 一同がさーっと血の気の引いた顔をする。おそらく冗談のつもりで口にしたのだろうが、洒落になっていない。口にした本人も、自分で言っておきながら蒼白な表情を浮かべていた。

「ん? あ、おい! これ見ろよ!」

 不意に、梅野が興奮気味に声をあげた。

「名前でも書いてあったのか!」

 柿崎が梅野の傍へ駆けつける。いい加減、この作業にも飽き飽きしていたのだろう。犬猿の仲であることも忘れたかのように、嬉しそうに身を乗り出していた。

 しかし、梅野は柿崎の期待を他所に、骸骨の歯を指さした。

「いや、この髑髏。詰め物が入ってる」

 よくよく見ると、骸骨の奥歯の一つは虫歯治療の痕が表現されていた。思わず、感心の声が漏れる。

「本当だ。細かいなぁ。ディティールに拘ってるね」

「へぇ。よ、よく見ると、これにも入ってるや」

「だろ? あれ? これには入ってないな」

「はぁー……」

 楽し気に反応する三人を横目に、期待を裏切られた柿崎が疲れの混じったため息を吐く。

「柿崎、そんな気を落とすなよ」

 梅野がからからと笑い声をあげる。柿崎は噛みつく気力もないのか、拗ねたように静かに作業へと戻る。そして、再び骸骨へ向き直った瞬間、ふと手を止めて目を見開いた。

「……待て、さっき詰め物があるだのないだのって言わなかったか?」

「え? なんだよ、やっぱりお前も気になるか? ほら」

 梅野がぞんざいな手つきで、一つの骸骨を柿崎へと差し出す。柿崎の様子が変わったのを感じ取り、李一も視線を移した。

 改めて骸骨を見ると、実に緻密に作られている。一学生のお遊びにしては出来すぎなほどで、本物に見間違えたとしても可笑しくないほどだった。

李一は柿崎が何に引っ掛かっているのか分からず、彼の顔を窺い見た。すると、柿崎は予感が確信へと変わったのか、険しい顔で髑髏を睨み付けていた。

「これ、モデルがいるんじゃないか?」

「えっ……」

 骸骨と睨めっこしていた栗田が咄嗟に顔から引き離す。

「だってそうじゃないと詰め物がある意味が分からないじゃないか」

「た、確かに」

「これ、全部そうってこと?」

「それは、どうなんだろう? でも、なんだかありそうだよなぁ。ここまでリアルに作ってあるとさ」

 空気がピンと張り詰めた。梅野が「うげえ」とわざとらしく不快感を表すリアクションをした。

「じゃあ、この作品の作者は誰かをモデルにして延々と骸骨を作り続けたってことか? なんだか気味の悪い話だな」

「な、なんか目的がありそうで、い、嫌だなぁ……」

 栗田が顔を顰める。臆病な彼の言葉に、李一は引っ掛かりを覚え、聞き返した。

「目的?」

「え、あ、うん。だって、同じのをずっと作ってるんでしょ? なんかの練習みたいじゃない?」

 はた迷惑な作品の作者探しは、不穏な空気を帯び始めていた。

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