第5話 奇妙な条件

 校舎の隅、もう使われていない第二美術室へ李一、栗田、柿崎、梅野はやって来ていた。

 毎年、有名美大への進学者を出しているこの学校の美術部は強豪だ。美術科があることも関係して、美術室は複数ある。

しかし、この第二美術室は空き教室を改築されて作られたこともあり勝手が悪く、今ではもう使われていない。別名旧美術室。今では倉庫として、作品が詰め込まれるばかりだ。

足を踏み入れると、美術部のOGOBが残していったらしき作品が埃まみれのシーツを被って所狭しと置いてあった。

山吹の話だと、なんでもこの教室は近々改築する予定らしい。よく見ると作品たちにも、メモが貼られているものがいくつかあり、『H○○卒 山尾春香 7月5日引き取り予定』といった具合に予定が書きこまれている。

李一はあまりの埃っぽさに咳き込みながら、薄暗い教室の窓を開けた。それに倣って、三人も他の窓も開け始める。外は依然として大雨で、じっとりとした湿気が入り込む。

山吹が上げた条件は、とある作品の引き取り手を探すことだった。

改築予定の教室に置かれた卒業生の作品たち。勝手に処分することもできず困った美術部が、生徒会に卒業生へ引き取ってもらえるように働きかけて欲しいと相談したのが、そもそものきっかけだ。

生徒会は、教師陣と協力し、すぐに卒業生へと連絡を回し、ほとんどの作品はすぐに引き取り、もしくは処分が決まったらしい。美術部が強豪であり、OGOB会がしっかりしていたおかげで、これは案外すんなりと事が進んだらしい。

しかし、問題は、第二美術室のロッカーに着手してから起こった。

窓を開けたことによって、埃っぽさから解放された一行は山吹に言われた通り、ロッカーの前へとやってきた。何の変哲もない、ごく普通の寂れたロッカーは、李一たちが普段使っている教室のものとごく変わらない。

さっさと雑用を済ませようと、李一がロッカーの扉へ手をかけると、押し込まれていた『それ』が勢いよく外へ飛び出してきた。

「うわっ」

「ぎゃーーー!」

 栗田が出てきた『それ』を見てみっともなく悲鳴を上げた。しかし、それは仕方のない事だった。悲鳴こそ上げなかったが、柿崎も、そして梅野もなだれ落ちたその作品の精巧さに、心臓が飛び出さんばかりに驚いていた。

「いっててて」

 雪崩に巻き込まれた李一は、尻餅をついて痛みに顔を顰めた。状況を把握するため目を開けると、積み重なった『それ』の一つと目が合った。

 いや、正しくは『目』ではない。空っぽの眼窩が、吸い込まれそうな闇を湛えている。むき出しになった白い歯が嘲笑うように歪んでいた。

「え」

 ひゅっと喉が狭まり、小さな風切り音を立てた。大量に積み上がった大量の髑髏がありもしない無数の目を李一へ注いだ。まるで何かを訴えかけるように――。

 驚きで固まった李一の肩を、強張った顔のまま柿崎が叩いた。平静さを取り戻した李一は、改めて作り物の髑髏を持ち上げた。

 本物に見間違うほど迫力のある頭蓋。いくつもの溝が走り、骨の接ぎ合せを再現している。山吹から聞いていたというのに、それでも悪寒が走るほど偽物らしからぬ真実味を帯びていた。

「佳織ちゃんから聞いてはいたけど……驚いた」

「ああ。ヤバいなコレ。てか量が。しかも、これだけじゃないんだろ」

 梅野が苦々しく、壁一面にあるロッカーを見渡す。そう、山吹から聞いた話では、このロッカー全てをこの骸骨たちは占有しているらしい。一つ開けただけでも、十や二十の話ではない。かなりの数量のこの骸骨は一人の生徒が在籍中に作り上げたものだというのだから、空恐ろしいほどの執念を感じさせた。

 李一たちが山吹から頼まれたのは、作者を見つけ、この作品群の処分を決めさせることだった。

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