第3話 乱入者

 これ以上は乱闘騒ぎになる。普段よりもエスカレートしている口論に、李一と栗田はそう悟り、二人を引きはがそうと近づいた。

「お、おい。落ち着けって二人とも。いったん冷静になるべきだって」

「そ、そうだよ。たかだかこんなことで言い争いだなんて、ば、馬鹿らしいよ!」

 しかし、栗田の火に油をそそぐ発言に二人の目が、李一たちの方へと向く。その目は血走っており、拳は固く握られている。しかし、当の本人である栗田は二人の様子に気付いていない。それどころか、日ごろ板挟みになっている鬱憤が爆発したのか、そのまま不満をぶつけ始めた。

「ほ、本当、君たちには呆れるよ! ね、ねぇ、李一。こんな小さい事で争うなんて、人間性が低い証拠さ!」

「お、おい、栗田?」

 戸惑う李一を置いて、歯向い始めた栗田へ二人が鋭い眼光を向ける。

「李一の後ろに隠れてでかい口叩いてんじゃねぇぞ? 大きい図体して陰湿なんだよ」

「ああ。僕も同感だ。よく愚痴をこぼしてるが、断り切れない君に非があるだろうと前々から思っていた」

「な、なんだって! 酷い、そんな風に思ってたの!」

 話が飛び火し、二人の怒りは互いだけに収まらなくなったようだった。栗田も二人の勝手な物言いが頭に来たようで、激しく応戦し始めた。

「ぼ、僕だって、君たちにはいつも迷惑させられてるんだ! 二人とも気が短すぎるし、李一の仲裁は中途半端だ! もっとちゃんと叱ってやってよ!」

「え、お、俺?」

「ああ、り、李一は、やることなすこと大雑把すぎる!」

 まさかの流れ弾に、李一は目を見開いた。それも、鬱憤が溜まっていたのは栗田だけではなかったようだった。

「確かにそうだ。雑なんだよ、仕事が。こないだ僕が頼んだ委員の仕事も、穴だらけで結局やり直すはめになった」

「そういえば、俺はこないだ休日に外で会った時、李一に無視された」

「えぇ? な、何の話だ? とりあえず、一旦落ち着けって!」

 話がまずい方向へ転がり、慌てて三人を宥めるが、三人とも頭に血が上っており、冷静になる気配がない。

全員の矛先が自分へ向いていることへ動揺しながら、李一がおろおろとしていると、突然、後ろから鋭い声が飛んできた。

「喧嘩は止めなさい!」

 女子特有の高い金切声。突然浴びさせられた第三者の叱咤に、四人の肩が跳ねあがった。

「騒がしいと思ってきてみれば。みっともない!」

「か、佳織ちゃん」

 李一が入ってきた女子生徒の名前を呼んだ。

 山吹佳織。李一の幼馴染で、生徒会執行部に所属。真面目な性格で、曲がったことの嫌いな彼女はつかつかと教室の中央へと進み出て、固まったままの四人を睨み付けた。その視線に、四人は佇まいを直した。

「あ、あの、佳織ちゃん、これにはちょっと訳があって」

「黙りなさい。四人とも部活はどうしたの」

 鋭い声に、四人が一斉に口を閉じる。冷たい目が無言で詰問する。

「じゅ、柔道部は、きょ、今日は先生がお休みだって……」

「弓道部は土日に大会があったから振替休だ」

「水泳部は梅雨の期間は水曜休み。水だけに、なーんて。ひっ! ごめんなさい、黙ります!」

 軽口を叩いた瞬間、さらに険しくなった眉間の皺に、梅野は震えあがり俯いた。一分の隙も無い冷徹さに、四人の背筋がますます冷たくなる。

 はあ、と山吹が深いため息を吐き、最後の一人へじろりと視線をやった。

「で、ボードゲーム部は?」

「あ、週一活動だから……」

 忙しい友人たちが応えた後、なんとなく気恥ずかしい気持ちになりながら李一は答えた。

 全員の答えを聞き終えた山吹が再び、顔を顰めてため息をつく。

「ああ、そう。全員、暇ってことなのね。通りで随分元気が余ってると思った。で、喧嘩の原因は何なの?」

 うっ、と聞かれた李一が言葉を詰まらせる。他の三人も同様で、気まずそうに黙り込んでいた。しかし、山吹は無言で先を促している。李一は、「大したことじゃないんだけど」、と前置きをして事の顛末を話した。

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