第2話 仲良し四人組?

「あ、あはは。け、結構、盛り上がったね、怪談」

 しんとした教室の中、栗田が気を利かせて話を切り出した。勧誘を断り切れずに入った柔道部で、しっかりと鍛え抜かれた体は、気が弱そうに震えている。ごつごつとした手も、忙しなく動いていた。

「そうだな。正直、梅雨の真っただ中に教室で怪談? とも思ったけども、案外やると盛り上がっちゃったな~」

 六月だと言うのに、しっかり日焼けした梅野はカラっとした笑い声をあげた。女子の水着を見るために入部した水泳部も、動機に似合わずしっかり参加しているようだった。

 よく見ると、後ろで柿崎も梅野の言葉に同意するように頷いている。細フレームの眼鏡がずり落ち、神経質にそれを直す。眼鏡を押し上げる指には、弓道部に特有の特徴的なタコができていた。中学から続けている弓道は県下有数の実力らしい。

 普段ならば部活動で忙しい放課後も、今日は各々が休み。貴重な休みを割いて行われた怪談大会はそれなりに盛況を見せていた。事の発起人であった李一は、思いのほかに自分の話が好評でついほくそ笑んだ。

「へへ、そう?」

「うん。い、意外と李一の語り口が上手くて驚いたよ」

「だよな。意外な特技だ。あ、そういえば、さっきの話って結局マジであれが終わりなのか?」

「え、ああ。あれねー。あはは……その、祖母ちゃんに聞いた話なんだけど……。覚えてないんだよなぁ。多分途中で寝たんだろうな……」

 少しばかりの申し訳なさを感じながら、ケンカの発端になりかけた荒いオチの理由を白状する。梅野が腑に落ちた様子で小さく頭を動かした。

「あ~、祖母ちゃんに聞いたのか。どおりで。俺も似た話聞いたことあるって思ったんだよね」

「あ、じ、実は僕も」

 梅野が苦笑しながら、そう零すと栗田も小さくなりながら同意した。

「あれだよな、えっと『迷い蛾』だっけ? 小学校の時に地域のイベントで聞いた気がする。ここら辺の民話だったよな」

「う、うん。確かそうだった気がする。えーと、さ、最後ってどうなるんだったかな。結構怖かった気がするんだけど」

 梅野と栗田がうんうんと唸りながら、昔の記憶を掘り起こして話のオチを思い出そうとする。しかし、二人ともどうしても思い出せないようで、顔はみるみる険しくなっていく。

「そんなに気になるなら、調べればいいだろう」

 柿崎が鞄からスチャっと携帯を取り出した。二人のやり取りにまだるっこしくなったのだろう。少し苛立ちがちに、携帯を操作し、検索をかける。

 ひょいっと、柿崎の背中から、李一はその画面を覗き見た。

迷い蛾の話は、ここら辺の地域に限定されて口伝されてきた伝承だ。李一、梅野、栗田は高校近くの地区に昔から住んでいたため、聞き及んでいたが、少し離れた地区に暮らす柿崎は存在すら知らなかった。

李一の想像通り、検索画面には怪しげな個人サイトのみが並んでおり、柿崎は小さく舌打ちをした。

「ははは、ドンマイ柿崎。こんなマイナーな話、ネットに出てこないって」

 李一が肩を叩くと、柿崎がさらに肩を怒らすのが分かった。

 まずい、と李一が自分の行動を後悔したのも遅く、柿崎は勢いよく椅子から立ち上がった。

「そもそも! 李一がオチをまともに聞いていないのが、話の発端だって分かってるのか?」

 柿崎は実に気が短い。それに加え、待たされること、曖昧なこと、体に触られることを極端に嫌う。この瞬間湯沸かし器め、李一は内心悪態を吐きながら、急いで柿崎へ謝罪した。

「わ、悪い」

「おい! 柿崎、その話は終わっただろうが!」

 しかし、もう一つの瞬間湯沸かし器も、先程の怒りが再燃したのか、すでに限界を迎えていた。

「うわわっ……」

「け、喧嘩はやめてよぉ」

 栗田が耳をふさぎながら弱弱しく懇願する。勿論、柿崎と梅野がそれで納まるはずもなく、むしろますます拍車をかけるばかりだ。

「別に怪談のオチなんてどうでもいいだろうが、楽しめれば! それなのにてめぇは空気の悪くなることばかり言いやがって」

「はあ? 僕は物事をきっちりさせたいだけだ。それが遊びだろうと、真剣にやるべきだろう。大体、李一は言い出しっぺだろう。ちゃんと準備してこないのは誘った人間に失礼だろ」

「はぁー? お前、嫌な奴だな。そんなんじゃ本当に友達失くすぞ」

「それは人格批判だろう。お前はただ、僕が気に食わないから排斥しようとしているだけなんじゃないか」

「こ、こいつ! ああー! もう我慢ならねぇ!」

 梅野が柿崎の胸倉を掴み上げる。柿崎は何一つ動じず、ただ梅野を睨み付けるだけだった。

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