階段

椎名ゆずき

階段


いつからだろう。この夢を見るのは。

俺は布団の上で目を開けてうっすらとそんなことを思う。何も思い出せない。そう、何も。


またこの階段だ。

壁の表面が凸凹で、グレーにピンクを少し混ぜたような色、そこにレッドカーペットが床に敷かれていて、少し薄暗い黄色の街灯が灯されている。マンションのどこにでもありそうな、しかしホテルのようなカーペットが敷かれている階段。

全部で15段くらいだろう。

外の風景などは見えず一面覆われている。

オレはここに何度も来ている。

だがここが何階で、どこにあるかもわからない。

しかもここにくると出来ることは階段を登ることだけで、自分の意思などは何もない。

また今日も階段を登り始める。

左壁に沿って一段一段、登る。

2/3程度のぼると、開けた踊り場が見えてくる。それと同時に後ろから階段を駆け上がる音が聞こえてくる。その音が近くなりオレの真後ろにくるとドスっと背中をいきなり刺される。

黒いパーカーのフードをかぶっているそいつは、そのまま階段を駆け上がっていく。

オレはそいつの階段を上がる音を聞きながらだんだん意識が消えていく。

意識が完全に消えると俺は目が覚める。

そうこれは夢なのだ。

この非現実的な夢は度々起こる。

しかも発生条件は特にないらしい。

会社の上司に怒鳴られている時も、電車で友達と旅行に出かけてる時も、何かしらの理由で俺はこの階段を登っている。

ただこの夢が出たから悪い日だということもない。特に何も変わらない毎日の寝覚めの気分が悪いだけ。ただそれだけだ。


俺はごく一般的な20代のサラリーマンだ。

嫁や子供はまだいない。自分を養うだけで精一杯の人生。

結婚した友達からは早く恋人見つけないと手遅れになるぞと茶化されるが1人の人生で精一杯なのにもう1人養うなんてそんな覚悟も自信もない。

月から金は必死に働き、土曜は疲れて眠り、日曜は月曜のために早く寝る。こんな生産性のない、だが抗えない人生のサイクルを繰り返す。


金曜日、今日は上司にしこたま怒られた。

理不尽だとは言わない。

自分の過失は認めなければ進めない。だが何かの腹いせかのように説教が長かった。

嫁さんとうまくいってないという噂は本当なのだろうか。そう思えてしまう。

俺は結婚をしている友達に今日飲みに行こうと連絡した。二つ返事でokだったので仕事を即刻終わらし定時退社だ。


店の前に現地集合ということになっていたので、電車のに乗って指定の店に向かう。

道中、しごとの溜まった疲れでうとうとなりつつも無事乗り過ごすことなく、店まで着いた。

店先で待っていたのは誘ったスーツ姿の友達Aと私服でメガネをかけていた共通の知り合いBの2人だった。Aの急な誘いに乗ってきたらしい。

人数が増えるのは賑やかで好きだったし、何よりBは医者をやっていて、忙しいので滅多に会うことがない。

久しぶりの再会に笑いながら、Aの指定した小洒落たイタリアンに入る。

こじんまりとした店内だが、一つ一つの家具や装飾、置物までも統一感があり、かなりこだわり抜かれた店という感じだった。

よくこんなおしゃれな店知ってるなと茶化すと女の子をここでイチコロさと返してきた。

どうやら嫁さんのハートもここで掴んだらしい。

そんなこんなで盛り上がりを見せ、上司の愚痴をつまみに酒もかなり進んだ。

子供の頃、父親が母親に酒を飲みながら愚痴を言う時間が嫌いでこんな大人にはならないでおこうと思っていたのに親に似たのかそれとも酒によく合うからなのか、自分もいつしか愚痴が止まらなくなっていた。

そんな中で夢の話になり、俺は最近よく見る階段の夢の話をした。Bは夢分析に携わっており興味深く俺の話を聞いていた。

Bが言うには夢には深層心理の部分が映し出されるらしい。心から楽しい人は明るい夢を、落ち込んでる人は、暗い夢を見る。

俺は自分の死つまり孤独感や罪の意識などがあるのではないかとそう言われた。

自分の意識ではそんなことないと思ってるのだが、案外寂しいのかもしれないなと考えた。

Aにも、言ったろと言わんばかりの顔で彼女作れなと茶化された。

酔いが回ってきて呂律と怪しくなってきた頃、解散しようかとBが言うので、せっかくの華金だしもう一軒だけ!とわがままを言った。

仕方がないと言う顔でA.Bと一緒にバーに行くことに決めた。

俺はその途中から記憶が所々抜けて、2人の会話を朧げに聞いていたきがする。

イタリアンの会計を済ませ、店を出て歩くとまっすぐ歩けない。

Aに肩をかり目的地に向かう。

その途中で気分が悪くなり吐き気がしてきた。

Aは俺を座らしてBと水を買ってくるといいコンビニに向かった。

俺は座らされた場所でぼーっと待っていた。

すると、オレは子供が通り過ぎるのを見た。

こんな時間に危ないなと思いながらも酔っているので何かを言う気力もない。


どこかで見たことある気がする子供だなと思い始めた。

その瞬間ハッとした。


俺は前の職場の時、車で通っていた。

そんないつかの日、俺は少し寝坊をした。

だが車を飛ばせば間に合うくらいの寝坊だった。

俺はご飯も食べずに車に乗り込み、出来る限りのスピードを出して会社に向かっていた。

住宅街に住んでいたこともあり道も狭くなかなかスピードを出せないことにもイラついていたが事故っては元も子もない。そう言い聞かせながら車を走らせていた。

住宅街から抜けて、一本目の信号は視界が悪く事故多発ポイントではあった。

しかしその日は急いでいたため青信号を見るとそのまま進んでしまった。

少女だった。まだ小学2年生だと言う。

あの日俺が徐行していれば今頃は中学生になっていた。

俺は会社での悩みなどで鬱病であったことなどが考慮され重い罰金刑ではあったが情状酌量の余地有りとのことで実刑はなかった。

しかし、俺は精神的に参ってしまい、精神科に入院することになった。

その時の担当がBだったのである。

俺は強いストレスにより軽度の記憶障害になりやがてこの事件のことを記憶から抹消してしまっていた。

罪の意識、その言葉がトリガーになって思い出させたのかもしれない。その時にはもう酔いはなかった。


友人2人が戻らない中意識が戻り顔を上げると目の前には「あの」階段があった。

背筋が凍った。

ここからは意識があっても無くても関係ない。

決められた行動に沿って動くだけの肉塊になる。いつものように階段を登りだす。

いつもと違うのは罪の意識。それがはっきり存在すること。さっきまでの千鳥足が嘘かのようにしっかりと踏み締め階段を上る。

すると後ろから足音が聞こえてきた。

通り魔だ。わかっていても振り返ることすらできない。音が近づき追い抜かれるタイミングで、プスリとやはり刺された。

そのままそいつは階段を登っていく。

いつも通り遠のく意識の中で今回は踊り場に1人の人影が見えた。

そいつはかすかにだが、泣いているような怒っているような顔をしている気がした。

「そうか、そうだったのか。」

遠のく景色、薄れていく記憶の中で自分だけがそう確信した。

そのまま深い深い暗闇へと誘われていった。

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階段 椎名ゆずき @shiinayuzuki

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