第6話 彼女はチャンスを掴もうと決意した

読み方


効果音:〇〇の音

〇〇のような音が流れているものと扱ってください。


「」の中身はすべてヒロインのセリフです。


『』の中身はすべてヒロインが回想しているヒロインのセリフです。


あなたは【普段キツいことばっかり言ってくるクラスメイト女子の飼い犬】です。

トイプードルの肉体でお読みください。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ぶくぶくぶくぶくぶく」


 あなたが犬の体になると、そこは風呂場だった。

 湯船の中に鼻先まで沈んだ彼女が水面にあぶくを出している。


効果音:心配するような犬の吠え声


「ぶくぶくぶく……がぼっ」


効果音:彼女が風呂のお湯の中から顔を出すざばぁという音。


「心配してくれてるの? 大丈夫だよ~えへへへへへへ~」


 酔っぱらったような声。


「あのね~あのね~。なんでだろうね~? あの人から連絡が来ててぇ。なんかぁ。私が体調悪いこと、察しててぇ。それでぇ、お大事にってぇ、それで、それでねぇ?」


「……次の休みの日に散歩行こうって!」


 風呂場なので声が反響する。


「どういうこと!? 私、知らないあいだに弱みでも握ってた!? ……そうだよね。冷静に考えて、弱みでも握られてなきゃ、普段からあんなに文句みたいなことばっかり言ってる私を心配なんかしてくれないよね……どうしよう、きついこと言う上に弱み握ってる女だって思われてるの!? 終わった……終わった……」


効果音:なんでそうなるんだろう、みたいな犬の鳴き声。


効果音:彼女が不意にお風呂の中で立ち上がる音。


 あなたは目を逸らす。


「違う! そうじゃない! ……今までの私は、ここでネガティブになって、それで、頭の中真っ白になって、わけわかんないことばっかり言っちゃって……」


「でも! チャンスがあるなら、誤解を解かなきゃ、だよね!」


「私は、あの人の弱みなんか握ってないって!」


「脅迫なんかするつもりないって、言わなきゃ!」


「……でも、脅迫しなかったら、私なんかと散歩には行ってくれないよね」


「どうしよう……」


「弱み……弱み……何を握ってたかな……全然心当たりがないや……」


「……違う違う違う! 弱みを探してどうするの!? そうじゃないでしょ!」


「立ち向かわなきゃ! 弱みがなくても!」


 まだ風邪の名残が残っていて若干頭がお熱の様子。


「でも、なんで私が風邪ひいてるってわかったのかな……」


「私がもし、私に散歩に誘われて、それで時間になっても来なかったら、『あの女、本当に最悪だ』としか思わないよ……」


「……最悪だ……私……なんてことを……」


「まさか今度の散歩に呼び出して、二度とかかわるなって言われたりする……!?」


「む、無理だよ……クラスメイトなのに……!」


「それに、私……私ね」


「今度の恋は、失いたくないな」


「トゲトゲのウニがさ、人魚姫を夢見たっていいよね」


「でも、人間ってね、恋が叶わなくっても、あぶくになって消えられないんだよね……」


「消えられないから、ずっとずっと引きずるしかないんだよね」


「……何もできなかったって引きずるよりも、失敗したって引きずりたいな」


「いつも、厳しいことばっかり口から出て、嫌われてきたけど……」


「ううん。嫌われたと思い込んで、自分から距離をとっちゃったんだ。本当は」


「私、すぐに逃げるから。……いつでも逃げ道ばっかり探してる。しょうがないよね、って自分に言い訳できる根拠ばっかり探して……」


「せっかくもらったチャンスを活かしたこと、一度もなかった気がするな」


「あったのに。思い返せば、いっぱい浮かぶんだ。あの時ああしていれば、って」


「ぶくぶくぶくぶく、あぶくみたいに浮かんで、弾けて消えるの。だって、それはもう全部、終わっちゃった、やり直しのきかないことだから。掴もうと思っても弾けて消えるチャンスだったものなんだ」


「泡になる前に、トゲトゲの手でも伸ばしてみようと思う」


「ねぇ、知ってる? ……あ、知ってるわけないか……食べさせないもんね」


「教えてあげる」


「ウニってね、中身は柔らかいんだよ」


「中身をきちんとさらけ出したら……」


「私の柔らかさ、わかってもらえるかな」


「もらえるよね」


「もらえる、こととします」


 彼女がくしゃみをする。


効果音:立っていた彼女が再び湯船に体をつける音。


「……また風邪引いたら、もう、馬鹿みたいじゃなくて、本当の馬鹿だよね」


「しっかり治して……」


「来週、散歩に行こう」


「一緒に来てくれるでしょ?」


効果音:力強い小型犬の鳴き声。

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