5、天使のキスと恋の契約⑴

「リリアー! おめでとう。すごいわよ、よく一人でできたわね!」


 学校の先生に悪魔がいたことを伝え、封印したことを話すと、お父さんとお母さんは飛び跳ねて喜んでくれた。

 ケーキやちらし寿司なんかを用意して、まるでお祭り騒ぎ。わたしの誕生日のときは、天使と悪魔の話で終わっちゃったというのに。


「さすが、俺に似てハンターセンスがあるな」

「あらいやだ、私に似たのよ。お母さんに似て美人だって、よく言われるのよ。ねえ、リリア」

「わかったから、早く食べようよ。冷めちゃうよ」


 チキンを食べながら、封印したときのことを思い出す。

 あのとき、突然声が聞こえた。あの呪文を教えてくれたのは、わたしの初恋の人──夜宮先輩のお兄さんだ。

 ペンダントと引きかえに、このネックレスをくれたのはどうしてだろう。

 守ってもらえたから、結果的にはよかったのだけど。


「あら、リリア。【天使の】は? ちゃんと肌身はだみ離さずつけていなさい」

「なにそれ?」

「指輪のことだよ。ほら、悪魔退治するときに使っただろ」


 首をかしげながら、ポンとひらめく。

 お父さんが、駄菓子屋のおばあさんに使っていたリングのことかな。

 でも、そんなものは持っていない。お父さんたちのような、デビルハンターだけが使うものだと思っていた。

 二人は黙って、わたしの顔と指を交互に見る。


「まさか、持ってないの?」

「君が渡したんじゃないのか?」

「いやだ、私はてっきりあなたが渡してるものだと」


 言い合いながら、いっせいにこっちを向いて。


「……じゃあ、どうやって封印したのよ⁉︎」

「……じゃあ、どうやって封印したんだ⁉︎」


 いきおいよく、声を合わせて聞いて来た。

 どうやら、わたしはとんだミスをしてしまったみたい。


 天使の家系である天塚家は、【天使の輪】と呼ばれる指輪を使って悪魔を封じてきた。

 それなのに、わたしはなんの道具もなしに、悪魔退治をしたと思われている。

 お父さんとお母さんは、「我が家に天才が産まれた!」と大はしゃぎ。二人がちょっぴり天然気質で安心すると同時に、次の問題が発生。


「これからは、リリアもデビルハンターとして成長してもらうからね」と、ウキウキで天使の輪を渡されてしまったの。

 黒い翼を見つけるだけなら、言わなければわからない。その甘い考えにバチが当たったのか、わたしまでデビルハンターとして活動することになるなんて。

 ごくわずかだけど、天塚家の他にも天使の家系はいるらしい。


 今はよくても、わたしの周りを怪しまれたら、夜宮家が悪魔だとバレるのは時間の問題かもしれない。

 これまで以上に、気をつけないと。


 たくさんの木に囲まれた屋敷の庭。白いバラに色を付けて、悪魔の妖精たちが遊んでいる。

 アンティークなテーブルの上に、いれたての紅茶が出された。今日は、ストロベリーのフルーティーな香りがする。


「どうしたらいいんでしょうか。わたし、隠し通せる自信がありません」


 目の前に座る夜宮先輩に、弱音を吐いた。

 落ち着いた様子で紅茶を飲むと、先輩はひと呼吸置いて。


「そのときは、そのときだよ。僕たちは、隠れているわけでも、逃げているわけでもない。人間と、普通に生活したいだけ」


 優しい声で、そう話した。

 夜宮家は、負のオーラを食べない。自分たちのために、誰かを不幸にしない。それどころか、人を守ろうとしている。

 今は難しくても、いつかはみんなにわかってもらえるといいな。


「そのために、リリアとは仮じゃなくて、本契約したいな。なるべく早く」


 にこっとして、夜宮先輩がわたしの手をとる。


「本……契約?」


 ハテナを並べて、ハッとなる。

 そういえば、仮で恋の契約をしていたのだった。忘れてしまうくらい、特別なにかあるわけではなかった気がするけど。


「今までは、悪い虫がつかないようにって、簡単なしるしをつけていただけだったけど」


 言いながら、わたしの小指に人差し指を置く。

 赤く光ったと思ったら、つまむようにしてひっぱった。糸みたいに伸びて、絡まっていた光がぷつんと消える。まるで、運命の赤い糸みたい。


「僕と、正式に婚約してほしい」


 てん、てんと無言が続いて、大きく空気を吸い込んだ。


「えっ、ええ──っ!」


 紅茶と同じ、苺色に染まった頬をおさえて絶句する。

 正式にプロポーズされてしまった。お付き合いらしいことも、何ひとつしたことがないのに。

 シロツメグサの花で作った花かんむりを、妖精たちが運んできた。ポケットからプイプイが出てきて、輪に入って夜宮先輩の手の中へぽとんと落とす。


「クレハ様は、悪魔界の王子なのです。ゆえに、時期に国王になられる方でございます。ご結婚されたあかつきには、リリア様は姫君となります」


 花に水やりをしていたチグサさんが、手を止めてこちらを向いた。

 夜宮先輩が……王子さまで、国王になる? わたしは姫君?

 少しずつ首がかたむいていくのを見て、先輩がクスクスと笑う。


「チグサ、説明がとうとつすぎるよ。そうしたいけど、最後に決めるのはリリアだからね」


 妖精たちが、わたしの長い髪をむすんでいく。可愛らしく整えられて、プイプイがちょこんと肩に乗った。


「まだ力不足だけど、ちゃんとリリアを守れるようになるから。僕の花嫁になってください」


 まっすぐ見つめられて、胸の音が大きくなっていく。

 わたしと先輩は、天使と悪魔。本来なら、対立する敵同士。

 でも、わたしは夜宮先輩に恋をしている。それは、まぎれもない事実なのだけど……。


「ま、まだ、お父さんやお母さんに聞かないと……それに、まだ中学生だから、その」


 恥ずかしくなって、思わずテーブルの下に隠れた。

 あんなセリフを受けて、まともに顔を見て話せるほど、わたしはまだ大人じゃない。


「婚約といっても悪魔界の中でのことで、今の生活でなにか変わるわけじゃない。それに、結婚できるのはリリアが十六になってからだから」


 目の前にしゃがみ、夜宮先輩が片足をひざまづく。まるで、おとぎ話の王子さまみたいに。


「兄さんからペンダントを預かったとき、約束したんだ。僕がリリアを守るって。たとえこの身が滅んでも、必ず、ちかうよ」


 くもりのない瞳。

 わたしも、夜宮先輩を守りたい。

 正直、まだ結婚のことはよく分からないけど、二人ならなんでも乗り越えられる気がするの。


「で、できるなら……正式にお付き合いから、よろしくお願いします」


 おじぎした頭をのっそり上げると、目を丸くした先輩がフフッと笑って。

 そっと手を取り、わたしの指先にキスを落とす。

 あみ込まれた髪の上に置かれる直前で、バサッと花かんむりが落ちた。

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