4、狙われたペンダント⑶
誰もいない資料室。わたしと夜宮先輩は、ドアを閉めて鍵をする。
二人きりだからドキドキしてるなんて、今は不真面目な気持ちは捨てなければ。
「たしかに、妙だと思っていたんだよね。この一週間で、学校中の欠席者が倍に増えていたから」
小さな台に背をあずけで、夜宮先輩が考えるしぐさをする。
「さっきの糸は、悪魔のしわざ。この校内にも、悪魔がいるね」
向かい合わせに立つわたしは、「でも」と口を開いた。
「悪魔の翼を持っているは、その……」
言いづらそうにするのを気づいてか、夜宮先輩がフッと笑って。
「僕だけ、なんでしょう?」
積み上げられている本から、ニ冊の資料を手にした。ひとつは歴史、もう一方は地理。
「悪魔にもそれぞれ特徴があって、得意とするものも違うんだ。まれに、姿や翼を隠せるタイプもいる。お化け屋敷にいた悪魔もそれだね」
そういえば、ファンタジーランドのスタッフも、黒い翼は見えなかった。
だとしたら、どこにひそんでいるか目だけでは判断できないことになる。
「実は、さっき」
シーッと、人差し指がくちびるに当てられる。
「むやみに、心のうちを口にしない方がいい。気をつけていても、誰が聞いているかわからないからね」
二人だけにしか聞こえない声で、夜宮先輩の口が動く。
近すぎて、ドキドキが伝わってしまいそう。
「僕も気になる人物がいてね。調べてみるから、リリアはなるべく関わらないようにして」
「はい」
頭をなでられると、胸がキュンと苦しくなる。抱きしめてほしいなんて、わたしはおかしいのかな。
資料室を出てからも、しばらく、ほわほわとした気持ちが消えなかった。
人の少なくなった放課後の教室。ステルラ占いの本を逆さに持って、トーコちゃんがぶつぶうと何かつぶやいている。
「間違いなく、屋上にいたはずなんです。唯野くんも同じことを言っていました。これは、ミステリーです」
今朝のことを根に持っているらしく、ずっとこの調子だ。
本当のことを話すわけにはいかないから、「なんでだろうね」なんてとぼけて返している。
わたしって、ひどい友達なのかもしれない。ごめんね、トーコちゃん。
「天塚さーん、バスケ部の夜宮先輩が用事あるみたいだけど」
クラスの男子が、廊下から顔を出した。
「あっ、今行くね」
なんだろう。
ガタンと立ち上がると同じタイミングで、ガシッと腕をつかまれた。
「二人きりで会うのは禁止したはずですよ」
トーコちゃんの眉が、さらにキリリと上がる。
「心配してくれてありがとね。夜宮先輩はいい人だから、大丈夫だよ?」
「だとしても、行かないでください」
首をふるトーコちゃんは、今まで見たことのないくらい必死に思えた。
たしかに、夜宮先輩は悪魔だ。これは曲げられない事実。
でも、優しい心を持っていて、寂しさのわかる人なの。
「えーっと、続きいい? 資料室で待ってるって」
タイミングを探っていたのか、男子生徒はやっと伝えられたという表情をしている。
「ごめんね、行かなきゃ」
トーコちゃんの手を、そっと下ろす。
もしかしたら、佐原くんを操っていた悪魔の正体がわかったのかもしれない。
教室を出て、全速力で廊下を走る。うしろから名前を呼ぶ声がしたけど、振り向かなかった。
息を切らしながら、三階の資料室へ入るけど、誰もいない。
ガチャッと鍵をする音がして、そろりと顔をうしろへやった。
「せん……ぱい?」
「こんにちは」
背中がゾクリとして、足がすくむ。そこにいたのは、ヨッシーことバスケ部の吉田先生だった。
「えっと、わたし、ここで待ち合わせしていて」
とりあえず、なにか話さないと。
薄暗くなった個室で、ドアとは反対へ下がる。
「知ってる。それ、先生だから」
「……え?」
「夜宮の名前を借りて、君のクラスメイトに伝えてもらったからさ」
「なんの……ために」
じりじり近づいてくる吉田先生から、遠ざかるように後ずさりする。
おだやかでカッコいいと評判の先生が、見たこともない目つきの悪さで、わたしを壁へ追い込んだ。
「しらばっくれんなよ。めんどくせぇ」
あまりに低くて圧のある声に、ビクッと肩がしずむ。
怖い。どうして。やっぱり。頭の中はパニック状態。真っ白になるとは、こうゆうことなんだ。
「天塚リリア。おまえは、天使の力を持っている。それを手に入れて、俺は自由になるのさ」
わたしの心臓あたりで、吉田先生がくいっと指を曲げる。
恐怖でまぶたを強くつぶったら、赤い光が現れた。隠してあったネックレスが、ふわりと浮かび上がっている。
「……これがあの、幻と呼ばれるエンジェル・ダークか」
「その手を下ろしてください。吉田先生」
バサッと黒い翼が広がって、気づくと目の前に夜宮先輩がいた。わたしの首をつかもうとする手を、さえぎって。
瞬間移動でもして来たのか、雨のように羽根が飛んでいる。
「あともう少しだったのに。やっぱ邪魔だなぁ」
ふりかざしたこぶしが、先輩の翼をかすった。ふわりとよけて、ドア側に降り立つ。
とっさに、ネックレスを手でおおって隠す。次の瞬間には、吉田先生の腕に捕まっていた。顔をぐっとしめつけられて、苦しい。
「おとなしく力を渡してもらおうか」
すごいパワー。これが、大人の悪魔。
エメラルドの光が現れて、呪文を唱える声が聞こえてくる。前みたいに、夜宮先輩がなんとかしてくれる。
けれど、だんだん輝きは小さくなって、消えてしまった。
そのうち、ペンダントを持った先輩が、ガクッと床にひざまづく。なにが起こったの?
「あーあ。残念だったな。夜宮くん、不幸食ってないだろ。力が弱くて、守りきれなかったなぁ」
ハハハとあざ笑う声が、小さな資料室に響いた。
夜宮家は負のオーラを食べない代わりに、月に一度、エネルギーを補給すると聞いた。それだけでは、充分じゃなかったんだ。
くそっと、夜宮先輩が悔しそうに顔をゆがませている。
「さあ、エンジェル・ダークを」
ガブッ──。しめつけている腕を、思いきりかんだ。うすいシャツの上からでも、くっきり跡がつくほど強く。
「いっ、いってぇ!」
やった、先生の力がゆるんだ。そのすきに突き飛ばして、夜宮先輩の元へかけ寄る。
「大丈夫ですか?」
ネックレスをにぎる手が震えている。
「やっぱり、僕では使いこなせないのか。兄さんなら、リリアをこんな目に合わせなかっただろうに」
うつむいたまま、夜宮先輩がゆっくりと立ち上がった。
とても苦しそうで、見ていられないほどつらそう。
腕を押さえた吉田先生が、じりじりと近づいて来る。
「おまえら、先生をバカにするのもいいかげんにしろよ。今度は、ようしゃしないからな」
一八〇センチはあるであろう悪魔を前にして、恐怖で足がわなないた。
開かれた手の中に、黒いうずが現れる。全てを吸い込むように、胸のネックレスが風に引き寄せられていく。
吉田先生がいなくなって、数日が過ぎた。
突然連絡が取れなくなり、姿を消したということで、校内ではいろんな噂が流れている。
『神隠しにあった』とか『夜逃げだ』、はたまた『吉田先生という人は、元々存在しなかった』なんて都市伝説に仕立て上げたい生徒も出てきた。
実際のところ、真実を知るのはわたしと夜宮先輩だけ。
あと少ししたら、みんなの記憶から消えているだろうと、夜宮先輩は言っていた。
悪魔が封印されると、その人物の存在もなくなるらしい。
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