4、狙われたペンダント⑵

「ただいま」


 セーラー服姿のまま、家の玄関を開けたら、ドタバタと足音がふたつ迫ってくる。

 手足にぐっと力を込めて、深呼吸すると。


「リリアーーッ!」


 半分泣いているお父さんと、青ざめた顔をするお母さんが飛びついてきた。今までどこにいたとか、朝帰りとは何ごとかと、交互に口を開いてくる。

 心配をかけてしまったのは反省しているけど、本当のことは説明できない。だって、夜宮家のことがバレちゃう。


「ごめんなさーい! 話せるようになったら、絶対話すから!」


 二人の間をするりとすり抜けて、二階へかけ上がる。

 下でギャーギャーと騒いでいるけど、わたしは自分の部屋へかけ込んだ。棚の一番上の引き出しを開けて、宝物入れを取り出す。

 おもちゃの宝石箱で、ちゃんと鍵もあるの。

 ガチャッと回すと、ビーズのブレスレットやキラキラシールがでてきた。


「懐かしい」


 貝がらやリボンのヘアゴムをかき分けると、一番下から赤いネックレスが見えてくる。

 持ち上げてみると、ガラス細工のようにピカピカしている。久しぶりに触ったけど、キレイ。

 丸い鏡の前。セーラー服の下へ隠れるようにして、ネックレスをつけた。

 なんとなく、お守りみたいな気持ち。

 憧れの人──夜宮先輩のお兄さんが、わたしと先輩に、力を分けてくれる気がして。



「よお」


 家を出るなり、レオが声をかけて来た。少し距離を置いて、気まずそうにしている。

 今日も朝練はないのかな。

 あまり気にしないで、おはようと返す。

 坂をくだり終えても黙ったままで、こっちが落ち着かない。なんだろう?


「……リリアさ、昨日、帰って来なかったらしいな」


 言いづらそうに、レオが口を開いた。

 心配したお母さんが、レオの家に連絡したんだ。だから、さっきから様子が変だったのか。


「誰といたんだよ」


 ズボンのポケットに手をつっこんだレオが、のぞき込んでくる。その頬が、心なしかほんのりと赤らんでいた。


「今は、言えない」


 幼なじみのよしみで、レオはなにかと気にかけてくれる。

 申し訳ない気持ちもあって、顔をそらしたとたん、肩を引かれて抱きしめられた。


「……先輩、じゃないよな?」


 頭の上で、つぶやくような声がする。

 見つめられて、不覚にもドキッとしてしまった。だって、すごく切なそうな瞳をするから。

 すぐ後ろから、チリリリンといきおいよく自転車が走って行って、近づいていた体が離れた。

 びっくりした。なにが起こったのかと思った。


「気をつけろよ」

「あ、ありがとう」


 レオが気付いてくれなかったら、もう少しで自転車とぶつかっていた。ヒヤッとしながらも、なんだか心がすっきりしない。


 結局、質問の返事はあやふやなまま、学校へ着くまでギスギスした空気は続いた。

 中央玄関で靴を脱いでいるとき、校庭に佐原くんの姿が見えた。ほんとうにもう、大丈夫なんだ。

 レオに教えようとしたけど、黙ったまま先に行ってしまった。

 ずっと目を合わせてくれないから、わたしも気まずくて。そのまま上履きを履く。


「おはよう」


 声をかけても、佐原くんの反応はない。まるで聞こえていないみたいに、わたしの後ろを通り過ぎていく。

 昨日、いきなり家へ行ったこと、怒ってるのかな?

 なんとなく気になって、うしろ姿を目で追っていく。教室とは、真逆の階段へ向かっている。どこへ行くつもりだろう?


 こっそりあとをつけて行くと、二階へ上がったところでトーコちゃんが現れた。少し離れているから、わたしには気づいていないみたい。

 佐原くんを追うトーコちゃんを尾行していたら、誰もいない屋上へ着いた。立ち入り禁止のプレートを無視して、二人はドアの向こうへ進んでいく。

 少し開いたままになっているドアのすき間から、様子を確認する。


「どうしても、昨日のことが気になって。佐原くん、なぜリリアちゃんにあんなことをしたのですか?」


 落ち着いた口調で、トーコちゃんが話しかける。

 でも、佐原くんは背を向けたまま何も答えない。


「あなた、もしかして、悪魔なのでは……」


 そのとき、とつぜん佐原くんが振り向いて、思い切り手をふり上げた。


「キャッ」


 持っていたシャーロットが、地面にたたきつけられる。バランスをくずした拍子に、トーコちゃんも足から倒れてしまった。


「トーコちゃん!」


 あわててかけつけるけど、佐原くんはじろりと見下ろしている。

 やっぱり様子がおかしい。うっすらだけど、腕に透明の糸のようなものが見える。太陽に反射して、たまに光っている。


「佐原くん、なにがあったの? 誰かに、操られているんじゃ……」


 グイッと両腕をつかまれて、動けない。

 佐原くんの目は、真っ黒で光がなくなっている。まるで、心が奪われてしまったかのよう。


「やめて……目を、覚ましてよ」


 となりで、トーコちゃんがわたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 必死に涙をこらえながら、心の中で何度も唱える。

 助けて、夜宮先輩、助けて。

 つかまれていた手が、急に自由になった。

 気づいたら、血相を変えたレオが間に入って、強い力から引き離していた。


「おまえ、リリアに触んな。今度はマジでぶん殴るからな」


 かなり怒った表情で、レオが佐原くんの体を押す。片方の手で、わたしを支えながら。


「違うの、佐原くんじゃないの」

「は?」

「どうやら、悪魔に操られているようです」


 シャーロットを抱えながら、トーコちゃんがゆっくり立ち上がった。足に血がにじんでいる。


「悪魔なんか、この世にいるわけ……」

「メザワリ。タオス。アマツカサンダケ、ホシイ」


 迫ってくる佐原くんに、わたしたちは身動きがとれない。

 どうしたらいいの?

 二人を危険な目に合わせたくないのに。

 そうだ、このネックレスなら、なにか役に立つかもしれない。

 赤いチャームをギュッと握りしめると、光が現れた。

 その瞬間、みんなの動きが止まった。まぶたを閉じるトーコちゃん、叫ぼうとしているレオ。襲いかかる寸前の佐原くんまで。

 どうなってるの?

 このネックレスのしわざなの?

 黒い翼が視界に入った。夜宮先輩だ。

 固まっている佐原くんに近寄ると、先輩は無言で手をふり上げた。プツン、プツンと音がして、透明の糸が切れていく。


 先輩のふり向く方へ目を走らせると、ひそんでいた人影がパッと消えた。

 えっ、今のって……。


「何があったの?」


 目の前に先輩の顔が飛び込んできて、一気に頬が熱くなる。

 今までの事情を説明すると、夜宮先輩はふーんと落ち着いた様子で聞いていた。

 みんなを教室へ運んで、それぞれの席へ配置する。夜宮先輩の鳴らす指の合図で、時間は動き始めた。


 悪魔の糸を断ち切ったからなのか、佐原くんは正気を取り戻したみたい。トーコとレオは、まわりをキョロキョロしながら首をかしげている。

 トーコちゃんは足にすり傷をしちゃったけど、みんな無事でよかった。

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