4、狙われたペンダント⑴

 薄暗いむらさきの空に、きれいな満月が出ている。

 宮殿のようなきらびやかな場所で、華やかな服を着た人たちが歩いていく。

 お祭りかパーティーでもあるのかな。わたしも、なぜかむらさきのドレスを着て、長い階段を上っていた。


 ここはどこだろう。おとぎ話の世界より、少し雰囲気は大人っぽい。よく見てみると、まわりの人たちの背中には、立派な黒い翼が生えている。

 そうだ、ここは悪魔の世界。倒れた先輩に付きそって眠ったから、今は夢を見ているんだ。

 子どもたちが、はしゃぎながら横を走っていく。


「今から、なにかあるんですか?」


 手すりから、下をながめている男の人に話しかけた。

 すると、となりにいる女の人が身を乗り出して、先に答える。


「なに言ってるんだい。今日は、王子の結婚式じゃないか」

「王子?」

「聞いたところによると、姫君になるお方は天使らしいじゃない。悪魔と天使の争いが終わる。これは奇跡。縁起がいいわ」


 陽気に腕を組みながら、彼女たちは去って行った。

 どこかで聞いたことのある話。気になって、わたしはさらに上へと進んでいく。

 らせん階段が終わると、広間に出た。兵隊がいて、これ以上先へは入れないらしい。

 夢なのだから、少しくらいムチャなことしてもいいかな。


「コホン、わたくしを誰だと思っているの? 王子さまと結婚する、天使のリリアよ」


 ドレスのすそを持ちあげて、おしとやかに笑ってみせる。なにをしたっていい。だって、これはただの夢なんだから。


「これは、失礼いたしました! リリア様」


 何人もの兵たちが、こぞって頭を下げた。

 こんなあっさり信じるなんて驚いたけど、わたしは堂々と中へ入る。

 結婚式がどんなものなのか興味があるし、なにより美しいお姫さまを見てみたい。

 宮殿の最上階へ案内され、メイクルームで髪を編んでもらった。

 わたしはニセモノですと言い出せなくて、少しずつ不安になってくる。


「お支度は整いましたでしょうか」


 上品な白ひげの人は、チグサさんだ。どうして、こんなところに?

 されるがままに連れられて、わたしは王様とお妃様の前へ。悪魔の世界を取りまとめる人たちの迫力がすごい。

 王冠をかぶった人がいる。その後ろ姿がゆっくりふり向いて、わたしの前へ立った。

 うそ……でしょ?


「リリア、やっとこの日を迎えることができたね」


 優しく笑う彼は、夜宮先輩。ううん、先輩にそっくりな──わたしの初恋の人。お兄さんだ。


「僕の小さなお姫さまは、こんなにも美しくなったんだね」


 わたしの手をとり、見上げている人たちの前へ姿を出す。多くの悪魔たちが、嬉しそうにわたしたちを見ている。


「これより、王河おうが王子とリリア姫の結婚式を始める。この奇跡の歴史的瞬間を、どうか目に焼き付けてくだされ」


 歓声と拍手がわき起こる中、王子は片足をひざまづいて、わたしの手にキスをした。

 これは夢。夢だけど、なんとも言えないもやもやした気持ちが、胸の内を走り回っている。

 姫のしるしであるティアラが、頭に置かれる直前で、映像は真っ暗になった。テレビの電源を消したみたいに。

 窓から光が差し込んで、まぶしさのあまり強く目を閉じる。

 伏せたシーツから、甘くて優しい香りがした。



「……リリア」


 このままずっと、こうしていたい。やわらかくて、幸せな……。


「リリア、目を覚まして」


 耳元でささやきが聞こえて、一瞬にして飛び起きた。

 目の前には、微笑ましそうにする夜宮先輩。

 そうだ、昨日あれから寝てしまって……握っていたはずの手が、反対に握られていた。


「あの、すみません……! わたし、心配で」


 お風呂でのぼせたみたいに、顔が真っ赤になっていく。

 ここにいた言い訳が見つからない。勝手に扉の奥へ入ったこと、となりで夜を明かしてしまったこと。

 不思議な夢を見ていた気がするけど、あまり思い出せない。


「真っ暗な夢の中で、リリアの声が聞こえたよ。助けに来てくれたんだね。ありがとう」


 そう笑って、先輩がわたしのおでこにキスをした。

 キャーーッ! 心の中では叫んでいても、ギュッとまぶたを閉じてこらえている。

 ふわっと頭が包まれて、大きな手になでられた。

 ドキドキしながら顔を上げると、目と目が合う。赤みの強い茶色。悪魔の色をしているけど、とってもあたたかい瞳。


 わたしは、夜宮紅羽という優しい悪魔さんに、──恋をしてしまいました。

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