3、夜宮家のひみつ⑷

 奥へ奥へ進んで行って、右、左と曲がる。そのうち広い洞窟どうくつが現れて、向こう側に湖のような水が見えてきた。

 ここが、永遠とわの入り口。

 透明な水面をのぞいてみると、思ったよりも深そうだ。落ちたら上がって来られないかもしれない。

 はるか遠くは、キラキラと輝いているようにも映る。あっちには、なにがあるんだろう。

 ふと、氷のかたまりに目が止まった。大きくて、アーモンドのような形。とってもきれい。

 触ってみると、想像よりも冷たくない。氷というより、ガラスみたいなさわり心地。

 一瞬、ぽわんと虹色に光った。氷の中に、なにかある。

 そっと近づいて、のぞき込むように見る。


「──え?」


 人……形……? 人の形をした男の子が、目を閉じて立っている。胸の前で手を握って動かない。


「あの、大丈夫……ですか?」


 呼びかけても反応はなくて、息をしているかもわからない。

 どうして、氷の中にいるんだろう。

 サラサラの黒い髪に、長いまつ毛。どことなく夜宮先輩に似ている。

 しばらくして、虹色は消え、氷の表面は元に戻った。さっきのは、なんだったんだろう。


『プーイッ! プーイッ!』


 プイプイがまた騒ぎ始めて、さらに奥へ足早に行くと、誰か倒れているのが目に入った。


「──せんぱいっ!」


 すぐに夜宮先輩だとわかった。

 黒髪は水にぬれていて、横たわったまま動かない。

 どうしよう。パニックになって、呼吸の仕方がわからなくなる。

 とにかく、ここから脱出しないと。

 夜宮先輩が死んじゃうかもしれない!


 半分泣きべそをかきながら、プイプイにお願いしてチグサさんを連れてきてもらった。

 すぐに部屋のベッドへ運び出されて、夜宮先輩は小さな寝息を立て始めた。

 よかった。握る手があたたかいことにも、ホッとして涙が出てくる。


「ありがとうございました。リリア様のおかげで、クレハ様が大事にいたらずすみました。あと、イブリスもおてがらでしたぞ」


 紅茶を入れるチグサさんの笑顔が、ジーンと胸にしみる。

 そっと手を離して、チグサさんを見上げた。


「夜宮先輩は、永遠とわの入り口で……なにをしていたのですか?」


 体は水でぬれていたし、あんな暗闇に一人でいるなんて。想像しただけでゾッとするけど、理由があったはず。

 もうすぐ戻ると言っていたから、チグサさんは何か知っているんじゃないかな。

 コホン、とせき払いをして、チグサさんがわたしをのぞき込む。


「悪魔が負のオーラを食べて生きていることを、ご存じでしょうか?」


【悪魔のまわりには、不幸がおこる】


 両親から教えられてから、何度も目の当たりにしてきた。

 目を合わせていられず、うつむきながら、小さくうなずいた。


「夜宮家は、それらを一切口にすることはありません。そのため、魔力が弱ってしまうので、月に一度だけエネルギーを補給するのです。先ほど行かれた、永遠の入り口へ」


 となりにあるアンティークテーブルに、ティーカップが置かれる。ほんのり甘いミルクティーの香りだ。


「ギリギリまで、耐えておられたのでしょう」


 今日は、目覚めないかもしれない。そう言い残して、チグサさんは部屋を出て行った。

 洞窟の氷のことは、聞けなかった。口にしては、いけない気がして。


 ──満月の夜は寂しいんだよね。そばにいてくれる?


 ──悪魔はワルイ生き物って、決まってる。


 夜宮先輩は、お兄さんを失ってから、ずっと寂しい思いをしてきたのかな。

 誰かに頼ることもできなくて、苦しんで、人を傷つけないように生きてきたのかな。

 そう思ったら、胸が張りさけそうに痛い。

 この広い部屋で、先輩をひとりにしておけないよ。

 そっと伸ばして、大きな手の上に手を重ねる。ギュッと握ると、眠る先輩の横に顔を倒した。


「……先輩、わたしがいますから。安心してくださいね」


 プイプイが電気を消したのか、部屋から明かりが薄れていく。

 知らないうちに、わたしは眠りについていた。

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