3、夜宮家のひみつ⑶

 学校帰りに、三人並んで歩く。私を真ん中にして、右にトーコちゃん左にレオ。この配置が、一番運気がいいらしい。

 こうしてまわりを見渡してみても、黒い翼はあまり見かけない。

 街にうじゃうじゃいても困るけど、悪魔を見つけるのは、思ったより簡単じゃない。


「アイツ、なんか悩んでんのかな」

「なにか心当たりは?」

「わかんねぇけど。こんなに休んだこと、なかったし。他に理由があるんじゃないかって」


 悔しそうなレオに、胸が苦しくなる。一番の親友だから、心配で仕方ないんだ。


「変なウイルスが流行っている、という話も聞きませんし。とりあえず、実際に会ったらわかるかもしれませんね」


 祈るような思いで、佐原くんの家の前に立つ。

 友達であるレオがチャイムを鳴らすと、しばらくしてドアが開いた。部屋着姿の佐原くんだ。


「えっ、みんな、なにか用?」

「おまえ、そんな言い方ないだろ。オレたち、佐原が心配で来たんだよ」


 面倒そうな声だったからか、レオがムッとした表情をする。


「特になんともないよ。明日から学校行けると思う」

「そうなのか? それなら、いいけど」


 顔色もそれほど悪くなさそうだし、体調はよくなったのかな。

 念のため確認するけど、黒い翼は生えていない。気にしすぎだったのかもしれない。

 ホッとして、帰ろうかと背を向けたとき。ぐっと腕を引っ張られた。


「天塚さん、上がっていきなよ」

「えっ」

「天塚さんだけでいい」


 すごい力。いくら運動部の男子でも、こんなに強いなんて。引きずり込まれてしまいそう。


「い、痛いよ」


 ふり払おうとした瞬間、先に二人の手が出ていた。トーコちゃんはわたし、レオは佐原くんの手を引き離して。


「なにしてんだよ、おまえ」

「リリちゃんに気安く触らないでください」


 わたしをかばうようにして、トーコちゃんに抱きしめられる。

 動きを止めた佐原くんが、急に電源のスイッチが入ったような顔をした。


「……あれ? ごめん、俺なにしてるんだろう」


 まだ体調が万全じゃないからと謝って、佐原くんは家の中へ入った。

 つかまれた腕がズキズキする。

 なんだか様子がおかしかった。


「大丈夫か?」

「うん、平気だよ。レオ、トーコちゃんもありがとう」

「当然のことをしたまでです」


 病み上がりで、気が変になっていたんだろう。二人はそう言って、深く追求することはしなかった。

 その方がいいよね。気にはなったけど、わたしも帰ることにした。


 広場を抜けて、交差点へ出る。手を振って二人と別れたら、こそこそと人気のない小道へ入った。

 キョロキョロとまわりを確認して、制服の右ポケットからプイプイを取り出す。


「夜宮先輩の家まで、案内してくれる?」

『ププイプイ!』


 まかせてと言うように、可愛らしい返事が戻ってきたとたん、人の目を感じた。

 慌ててプイプイを隠すけど、近くに誰もいない。

 今、誰かに見られている気配がしたけど、気のせいかな……。

 なんだか怖くなって、小走りでその場を離れた。

 浮かぶプイプイに連れられて、夜宮先輩の家へたどり着いた。チャイムをならすと、チグサさんが中へ入れてくれた。


「クレハ様は、ただ今お留守でして。もうすぐお戻りになられますので、よろしければ、お部屋でお待ちください」


 きらびやかな壁紙。黒いソファーの上で、ギュッとスカートを握る。

 お言葉に甘えて、先輩の部屋へ入ってしまったけど、勝手によかったのかな。

 ふんわりと紅茶の香りがする。なんだか落ち着くな。

 まったりとしていたら、プイプイがチェストの上で跳ね出した。いろんな飾りが置かれているから、また壊されたら大変。


「今日は大人しくしてようね」


 抱き上げた拍子に、パタンと写真立てが倒れた。いけない! 夜宮先輩の大切な……。

 あらためて写真を見て、胸の奥が苦しくなる。

 夜宮先輩のお兄さん。エメラルドグリーンのペンダントは、お兄さんの形見だと言っていた。

 この人が……ずっと憧れていた記憶の中の人なの?

 あの日、なんのために、わたしの前に現れたんだろう。


『プイプイ! プイッ!』


 急に大きな声を出すから、肩がビクッとなる。

 なにかをうったえるみたいに、手足をパタパタさせながらないている。


「どうかしたの?」


 プイプイのあとをついていくと、今度は本棚の前でさわぎ始めた。オルゴールの上に乗って、飛び跳ねて。

 落としたら、壊れちゃう。持ち上げようとしても、小さな手でしがみついて離れようとしない。どうしたらいいの?

 そのとき、昨日の光景が頭に浮かんだ。重そうな本たちが、左右へ避けて道を作ったこと。


「……もしかして、扉を開けたいの?」


 そうだとうなずくように、プイプイは頭か体かわからない部位を二度動かした。

 そんなこと言われても……。

 オルゴールを手にしながら、困ってしまう。夜宮先輩が帰って来るのを、待った方がいいよね。


 ──ガシャンッ。

 なにかが割れる音がして、驚いて振り向いた。

 床には、さっき置き直したはずの写真立てが落ちていて、ガラスが割れている。しっかり立てかけたのを確認したのに。


 不吉な気がして、わたしはゆっくりとオルゴールのネジを回した。


 ──夜宮先輩に、なにかあったのかもしれない。


 その勘が外れてくれたらいいのだけど。

 キラキラした音楽が流れ始めて、緊張してくる。たしか、次は本の背表紙をピアノのように触っていたはず。

 これだったかな。分厚い本にタッチしようとして、指が止まる。その隣だった気もする。どうしよう、外国語ばかりでわからない。

 迷っていると、プイプイがいきおいよくジャンプして、本にぶつかった。

 次はひとつ飛ばして、その次は斜め上へ。当たるたびに音が出て、ひとつのメロディーを作っていく。


「……プイプイ、すごい」

『プーイッ!』


 最後の音をならし終えると、ゴトゴトと本が動き出し、真ん中に紺色の扉が現れた。

 ごくりとツバを飲み込んで、黒い翼のマークに手を当てる。ギィィとにぶい音を立てて、暗い道が開く。

 怖くて足が震えてる。頬をパチンとたたいて、気合を入れたら。


「よし、行くよ!」


 足を一歩踏み入れただけで、冷たい空気に変わった。

 バタンッ──。入り口が閉じて、後戻りできなくなる。


「……どうしよう。やっぱり怖いよ、真っ暗だよ。帰りたいよ」


 弱々しく泣き声になると、目の前にいるプイプイから光が放たれた。紫の灯りが、ランプみたいに照らしてくれる。


『プイプイ!』


 ついて来て、とはげまされた。プイプイがいてくれてよかった。

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