3、夜宮家のひみつ⑴

 なんだか体が重い。ずっしりと何かが肩に乗って、ぐっと力を入れられているみたい。

 昨日、テーマパーク内をたくさん動き回って走ったからかな。

 朝のリビング。起きてきたお父さんが、首をかしげてわたしの隣に立つ。


「リリア、なにを付けているんだ?」


 そうわたしの肩のに手を当てて、クイっと引っ張る仕草をした。なにかを引っこ抜くみたいに、ウニョーンと伸びている。


『ププイッ』

「やっ、なにそれ!」


 必死でわたしの肩を掴む紫の物体。小さくて、ふわふわしたマリモみたいな生き物。

 どこかで見たことがあると思ったら、夜宮先輩と話しているときに出てきたやつだ。

 お父さんが、ツノみたいなところを「えいっ」と引っぱると、丸い目を開けたままぶらーんとしている。


「これは悪魔の妖精だな。なんでリリアに? まさか、悪魔を見つけたのか?」


 お父さんの言葉に反応したのか、紫の生き物がブルブルと体を振る。言わないで、とお願いしているようにも見えた。


「知らないよ。どこかで、くっついて来ちゃったのかも」


 言いながら、ふわふわの体をそっと手にとる。


「この子、わたしが預かっててもいい?」

「害はないと思うけど、気をつけなさい。これがいると言うことは、近くに悪魔がいる証拠だ」

「大丈夫! だって、わたしには……特別な目があるもん」


 そうだなと笑うお父さんに、少し罪悪感。

 騙すつもりはなかったけど、ごめんなさい。夜宮先輩の妖精だったら、助けてあげないと。


 学校へ行く途中、手のひらの上に妖精を浮かべて話しかけてみた。


「あなたの名前は?」

『ぷい、ぷい』


 可愛らしい声で、返事をしてくれた。

 お父さんの言う通り、悪さをするようには見えない。


「プイプイ? とりあえず、プイプイって呼ぶね」

『ぷい、ぷい!』


 喜んでいるのか、手の上で跳ねている。

 か、可愛すぎる!


「他の人には見えないかもしれないけど、念のため。ここに入っててね」


 制服のポケットへ忍ばせると、プイプイはスヤスヤと眠り始めた。


「ちょ、ちょっと待って! どこ行くの?」


 何事もなく学校が終わって、帰っていたところ。急にポケットの中で動き出したと思ったら、ものすごい力で引っ張られていく。

 プイプイのしわざだ。走って走って、止まらない。マラソンは苦手なのに、息が続かないよ。

 やっと足が止まったのは、大きなお屋敷の前。柵できっちり囲まれていて、木や花がたくさん植えられている。


「すごい……お金持ちだ」


 のほほんと見とれていたら、ポケットからプイプイが飛び出した。

 慌てて捕まえようとしたら、ピョーンとカーブを描いて誰かの手の中へ入り込む。学校帰りの夜宮先輩だ。

 もしかして、このお屋敷って……。


「イブリス、ごくろうさま。中へお戻り」


 手のひらが閉じかけたとたん、先輩の手からプイプイがすり抜けて、わたしの肩へと飛び乗る。


「えっ、ええ⁉︎ あの?」

『プイプーイ!』


 くるくると頭の上から背中へ移り、ストンとポケットへ入った。


「どうやら、リリアのことが気に入ったようだね」


 やっぱり、夜宮先輩の妖精だったんだ。

 つぶらな瞳を閉じて、気持ちよさそうに寝ている。


「イブリスには案内役をしてもらったんだけど、しばらく預かってもらえるかな」

「……はい、えっと、案内?」


 首をかしげると、手を引かれ、「こっち」と大きな門の向こう側へと招かれた。

 花の道が続く庭で、マリモ妖精たちが白い花に色をつけて遊んでいる。

 屋敷の中へ入ると、執事の服を着たおじいさんが出てきた。


「お帰りなさいませ、クレハ様」

「ただいま。今日はお客さんを連れて来たから、僕の部屋には入らないで」

「かしこまりました」


 灰色の口ひげを生やしたおじいさんは、漫画で見るような執事そのもの。ほんとうに存在するんだ。

 わけも分からず、軽く頭を下げて、わたしは階段を上がった。


 黒いソファーにちょこんと座って、あたりを見渡す。

 広い部屋の中に、高そうな絵や暖炉だんろがあって、まるで別の世界に来てしまったみたい。とある魔法学校の談話室を思い出す。


「……カッコイイお部屋。トーコちゃんのお部屋もすごいけど、なんだかワクワクします」

「そう。僕ひとりで使うには広すぎて、あまり好きじゃないけどね」


 一瞬した寂しそうな目が気になったけど、夜宮先輩がおいでと手をとる。

 大きな本棚の前に置かれたオルゴール。先輩がネジをまわすと、キラキラと音楽が流れてきた。

 その音色に合わせるように、本の背表紙に触れていく。まるで、ピアノを弾くみたいに、リズムよく。

 最後の本に触ったとたん、本が左右へさけていって、紺色の扉が現れた。


「……すごい。映画みたい」


 ぽかんとしていると、先輩が黒い翼のマークに手を当てて、ガチャッと鍵が開く。


「暗いから、足元に気をつけて」


 手を繋いだまま、長い階段を降りて行くと、いくつか道が分かれていた。

 この前、家の土間収納どましゅうのうから入った地下とは違う。もっと広くて、こっちの空気の方が重い。


「……先輩、なんか、怖くなってきました」


 ひんやりした場所。薄暗くて、お化け屋敷を思い出す。

 なりふり構わず、夜宮先輩の腕にしがみついた。泣きそうなくちびるをグッと閉じたら、ほわんと明かるくなった。


「着いたよ」


 ここは部屋なのかな。広い洞窟どうくつみたいな場所で、まわりにろうそくが浮いている。川のような水と大きな氷があるだけで、他は何もない。


「……あの、ここは?」

「──永遠とわの入り口。この湖の向こうは、僕たち悪魔の世界と繋がってる」


 虹色に光る氷へ手を当てて、先輩が言う。

 つらいこと、考えごとをするときに、たまに来るらしい。


「リリアには、知っておいてほしくて。ここへ来る方法。あと、紹介もかねてね」

「……なんの?」

「それはまた今度。そろそろ戻ろうか」


 部屋へ戻ってから、夜宮先輩がチョコレートと紅茶を持って来てくれた。バラの花びらを浮かべたローズティーというらしい。

 甘酸っぱくて、いい香り。オシャレすぎて、花びらは食べていいのか聞けなかった。残しては失礼になる気がして、今はすでにお腹の中。


『プーイプイ』


 チョコレートの匂いに誘われたのか、プイプイも出てきて、わたしの頭の上ではしゃいでいる。短い両手で、ハムハムとかじる姿がかわいすぎる!


「久しぶりだな。こうして、誰かと一緒にいるの」


 しみじみとした顔をするから、胸の奥がキュッとなった。

 おだやかに笑っているけど、どこか寂しそうな目をしてる。


「お家の人は? さっきの、執事さん……とか」

「チグサはお世話係だけど、仕事で忙しいんだ。彼の時間を、僕のワガママでとるわけにはいかないから」


 ご両親はお仕事で忙しいのかな。それとも、なにか事情があって一緒に住んでいないのかもしれない。

 こんなにも大きな屋敷で、夜宮先輩は一人ぼっちなんだ。


「だったら、毎日通います! わたしが、先輩の話し相手になりますよ。一緒に、おいしい紅茶たくさん飲みましょう!」


 いきおいよく立ち上がったら、先輩は少し驚いた顔をした。

 それから、クスッとまぶたを細めて、楽しそうな声で。


「それは心強い。満月の夜は寂しいんだよね。今日はずっと、そばにいてくれる?」


 急に甘い香りに包まれて、ドキッとする。

 夜宮先輩は、たまにズルい顔になって、わたしを困らせるの。

 遠い記憶に残る憧れの人と、同じ目で見つめてくるから。


「そ、それは……」

「冗談だよ。困らせてごめんね。ありがとう」


 優しくほっぺをなでられて、余計に胸がキュンとなる。

 好きになっても、いいのかな。

 天使とか、悪魔だとか関係なく。

 夜宮先輩のそばにいたい。



 ──ガチャン。

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