2、悪魔のミッションゲーム⑷

「アイツ、なに考えてんだろ。こんなの、絶対におかしい。いくら知り合いのとこだからって、不気味すぎるだろ」


 茶色の髪をくしゃっとさせて、気が立っている様子。

 言えない。夜宮先輩を悪魔か試しているなんて、レモンを口に入れられても言えないよ。


「でも、スタッフさんいるね。貸し切りみたいなものだし、とりあえず……楽しもう?」


 ほんとは嫌だけど。パーク全体がきもだめしみたいで、死ぬほど怖いけど。

 ベンチに座って、二人が来るのを待つ。

 さっきは、いきなり走ってごめんと言われた。気にしないでと返したけど、なんだかレオは落ち着かないみたい。


「リリアって、夜宮先輩と仲良いのか?」

「うーん、仲良いのか、まだよく分からないというか」


 人差し指をあごに当てて、考える人のようなポーズをとる。

 プロポーズまがいのことをされた気はするけど、好きと告白されたわけじゃない。


「あの人はやめとけ」

「それ、どうゆう意味?」


 急に真顔になるから、背筋がヒヤッとした。いつものレオらしくない緊張感が伝わってくる。


「好きになるな。ほら、先輩モテるし。誰にでも優しいから……自分だけが特別なのかもって、思ってんじゃね、みんな」


 少し言いづらそうに、声が小さくなっていく。

 たぶん、レオは心配してくれてるんだ。わたしが、失恋して傷つかないように。


 小学校低学年までは、レオがよくうちへ来て遊んでいた。

 おままごとをしたいわたしと、戦いごっこがいいレオ。順番といいながら、結局途中で人形が攻撃されるの。プリンセスの人形をかかえながら、わたしはいつも泣いてたっけ。

 でも、そのあとにレオが謝ってくれて、仲直りする。


『ぼく、ヒーローになりたいんだ』

『レオが?』

『うん、悪者わるものをやっつける! 悪魔から、リリアのこと守ってやるよ』


 あの頃は、『レオのくせに、かっこつけてる〜』とか言って笑っていたけど。今でもレオは、ずっとわたしを気にかけてくれている。



「あのね」

「本日はファンタジーランドへお越しくださり、ありがとうございます〜!」


 口を開いたとき、誰かに話しかけられた。うす汚れたウサギの着ぐるみだ。


「素敵なカップルのお二人に、こちらプレゼントです」


 赤いハートの風船が差し出される。

 どうしよう、とレオを見ると、軽く頭を下げて受け取っていた。仕方なく、わたしもお礼を言って風船を手にとる。

 違いますって、否定する間もなくスタッフは去って行った。


「わたしとレオがカップルだって。笑っちゃうよね」


 場の空気を変えようとして、冗談ぽく言ったのに、レオは黙ったまま。あまり見ない真面目な顔に、背筋が伸びた。最近、様子が変だ。

 何か言いたそうにしていたけど、トーコちゃんと夜宮先輩が来て、レオはまたそっぽを向いた。


「唯野くん、さっきのはルール違反です。あくまでダブルデートなのですから、別行動はやめてください」

「……意味わかんねぇ」

「次へ行きましょう」


 相変わらず不機嫌なレオを連れて、お化け屋敷の前へやって来た。建物が古くて、いかにも怖そうな雰囲気がプンプンしている。

 やっぱりムリだよ。入り口の前で止まったまま、震えて進めない。


「すげぇ……、なんかオーラがヤバいぞ」

「唯野くん、怖いの?」

「だ、誰が! 早く終わらせて帰ろうぜ!」


 挑発に乗ったレオが先頭を歩く。わたしだけ行けないとは言い出せず、一番うしろからついていく。

 薄暗くて、みんなもよく見えない。クモの巣だらけの壊れたお化けがいて、とっさに顔を伏せて誰かの腕を掴んだ。


「怖かったら、目閉じてていいよ」


 耳元で夜宮先輩の声がした。どうしよう。パニックだったと言え、自ら男子にしがみつくなんて!

 だけど、そんなことを気にしてる余裕はない……。


「うおぉぉぉ〜!」

「ギャァーー!」


 地鳴りみたいな低い声が響いて、わたしはその場に尻もちをついた。今、誰かに押された気がする。

 青ざめながら顔を上げると、目の前に人の気配があった。

 ……夜宮先輩?


「話が違う。おどかすなんて、聞いてない」

「リリア、大丈夫か!」

「あなた、なにをして……」


 すぐそこで話し声がしていたのに、バタバタという足音が遠のいていく。あっという間に、シーンと音がなくなった。

 えっ、待って? みんな、行っちゃったの?

 地面に座り込んだまま、腰が抜けて立てない。


「うそでしょ? トーコちゃん? レオ、先輩……」


 真っ暗なとこから、ぼんやりと何か近付いてくるのがわかった。

 後ずさりすると、今度は足のようなものに触った。前にも後ろにも、誰かいる。


「よこせ……、お前の力、よこせ!」


 赤く光る瞳が現れて、グッと手首を掴まれた。痛い、怖い!


「……たすけて、夜宮せんぱ……」

「さわるな」


 ふわりと体が浮き上がったと思ったら、ランプを灯したように辺りが明るくなった。夜宮先輩に抱きかかえられている。


「リリアは僕の大切な人だ。僕の許可なくれるな」


 そう言い放つと、飛んでいた足がストンと地へ降りた。わたしを背中へ隠すと、夜宮先輩がシャツの胸元から何かを取り出す。

 その瞬間、パーンと何かが割れる音がした。

 手を離して天井に上がっていた、赤い風船だ。紫のけむりが、まわりに広がっていく。


「おまえ、悪魔だろう? 不幸を食べなくていいのか?」


 ハッと前を見ると、不気味な声のウサギが立っていた。この着ぐるみは、ベンチにいるとき風船をくれたスタッフさんだ。

 ウサギの着ぐるみが消えて、女の人が現れる。その背中に黒い翼は見当たらない。でも、不思議なけむりを吸い込んで笑っている。

 あきらかに人間じゃない。なのに、どうして翼が見えないの?


「そんなものはいらない」


 少しだけ、夜宮先輩の口調が強くなった。


「強がっちゃって。それでは、終わりが見えている。ああ、そうか。だからその人間を」


あくせるのぞみの月よ、解き放て』


 先輩が呪文のような言葉をとなえ始めると、エメラルドグリーンの光が現れた。

 まぶしそうにする悪魔は、逃げようと背を向ける。


『イニティウム』


 その瞬間、光も人影も消えた。

 あの時と同じ。お父さんが指輪で悪魔を封印したみたいに、一瞬の出来事だった。


「立てるか?」


 小さくうなずくわたしの体を、そっとお姫さま抱っこして、夜宮先輩は黒い翼を広げる。

 そのまま、薄暗いお化け屋敷の中を一直線に飛んでいく。まるで、コウモリが飛ぶみたいに。

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