2、悪魔のミッションデート⑶

***


「ええ……! い、今、なんて言ったの?」


 青く晴れた空の下。電車に揺られながら、デニムスカートをギュッと握った。

 目の前に座るトーコちゃんが、「ですから」とシャーロットの金色の髪をなでながら微笑む。


「今日はダブルデートってことになっているので、そのつもりで」


 トンネルへ入ったのか、窓の景色が一気に真っ暗になった。


「聞いてねぇし」


 頬杖をつきながら、わたしの横でふてくされるレオ。わたしだって初耳だよ。

 三日前、遊園地に行こうとトーコちゃんから誘われた。おじいちゃんの知り合いがやってるところで、特別に無料で入らせてくれるからって。

 大きくなったら、友達と行ってみたいと思っていたから、すぐにお母さんへ相談した。トーコちゃんとレオがいるなら大丈夫って、許してくれたんだけど。


「着きました。アレですよ」


 駅から少し歩いて現れたのは、さびれたテーマパークだった。看板は欠けてなくなった字もあるし、柱のところどころツルか伸びてからまっている。わたしたちの他に、お客さんは誰もいない。


「お、おい……、風水かぜみず。ほんとに、ここか? これって、廃墟はいきょじゃねぇの?」


 引いた声で、レオが一歩下がった。


「……なんか、雰囲気が……すごいね」


 とてつもない負のオーラを感じて、わたしも足が動かない。怖い、怖いよ、トーコちゃん!


「今はほぼ閉鎖状態ですが、ちゃんと営業中です。待ち時間なしで楽しめますよ」


 ふふっと、おしとやかに笑うトーコちゃんが、黒いワンピースを揺らす。やけに背景とマッチしていて、わたしはゴクリとつばを飲み込んだ。

 場所も気になるけど、一番落ち着かない理由は──。


「みんな、お待たせ。早いね」


 おだやかな声に、ハッと振り返る。

 黒のズボンとグレーの服を着た、夜宮先輩が立っていた。初めて見る私服に、ドキッとする。学生服と違って、いつもより大人っぽく感じた。


「よりにって、なんで先輩なんだよ」


 面白くなさそうなレオを引き連れて、わたしたちはゲートをくぐり抜けた。トーコちゃんの腕に、がっちりしがみついて。

 どうして、夜宮先輩を誘ったのか、くわしいことは聞けていない。話してみたかったからって。

 トーコちゃんも、夜宮先輩のことが気になってるのかな。バスケ部を見に行こうとした時も、いつになく張り切っていた。

 先輩は、恋の契約がどうとか言っていたけど、イマイチわからないし。夜宮先輩を好きかもしれないってことは、まだ秘密にしておこう。もちろん、悪魔だってことも。


 しばらく歩いて、エンジェルエリアが見えてきた。そこら中に天使がいる。

 お手入れがされていないからなのか、ところどころ黒くなっていて、こっちに向けられた視線が少し怖い。


「さて、どうなるでしょうか」


 となりでつぶやくトーコちゃんに、私は首をかしげる。

 エリアへ入る直前で、夜宮先輩の足が止まった。どうしたんだろう?


「これはミッションデートです。夜宮先輩が、悪魔であるか否かを確かめるため」


 わたしに聞こえるくらいの声が、ポツリと落とされた。


「え、ええ?」


 なにそれ? 悪魔か確かめるって……。トーコちゃんは、夜宮先輩を疑っていたからダブルデートに誘ったの?

 慌てて反対となりを見ると、先輩は何かを考えるように動かない。


「まだファンタジーランドが栄えていた頃、このエリアはパワースポットと呼ばれていました。正面の噴水は、けがれを落とすと言われ、心を清めるために大勢の人が集まったそうです」


 悪魔だから、神聖な場所へ入れないんだ。

 わたしの天使の力でなんとかしたいけど、どうしたらいいのかわからない。


「夜宮先輩、どうかされましたか?」


 試すような口調で、トーコちゃんが一歩前へ出る。


「いや、普通に不気味だろ。風水の方が異常だぞ」


 腕組みしながら、レオがためらう声を出した。「そうなんですか?」と、シャーロットを抱きしめながら、トーコちゃんがきょとんとする。


「ごめん、考えごとをしてて。行こうか」


 何事もなかったように、夜宮先輩がエリアへ足を踏み入れた。悪魔なのに、大丈夫なの?

 不安げに見ていたら、にこりと笑顔が返ってきた。なんともなさそうだ。

 トーコちゃんは少し悔しそうにして、先へ進む。


「心配しなくてもいいよ。ここには、それほど力は残っていないからね」


 コソッと耳打ちされて、ドキッとした。いきなりささやくのは、反則だよ。

 噴水を通り過ぎて、花の造形でできたアーチをくぐる。以前はおみくじでも引けたのか、くくりつける場所が残っていた。

 ハートの形をしたかねの下で、トーコちゃんが手招てまねきをする。二人で鐘をならすと、恋が実ると言われているらしい。


「せっかくなので、ならしていきましょうか」


 トーコちゃんの話を最後まで聞く前に、レオがわたしの腕をつかんだ。


「くだらねぇ。リリア、行くぞ」

「ちょ、ちょっと、レオ?」


 いきおいよく引っ張っられて、二人からぐいぐい遠ざかっていく。なんか怒ってる?

 待ってと言っても、聞く耳を持たない。振り返ると、ハートの鐘はあっという間に小さくなっていた。

 エンジェルエリアを出て、やっと手を離してくれた。先輩たちと、完全にはぐれちゃった。

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