2、悪魔のミッションデート⑵

 リュックのたすきを握りしめながら、キョロキョロと廊下を歩く。

 念のため、黒い翼を探しているのだ。この中学校に、夜宮先輩の他にも悪魔がいるのかどうか。

 見たところ、それらしい人はいなそう。

 ドキドキしながら一年B組の教室の前まで来ると、人だかりができていた。なにごとだろう?

 不思議に思いながら女の子たちの後ろに立つと、奥でひとつだけ飛び出ている後頭部がくるりとこちらを向いた。

 夜宮先輩⁉︎


「あっ、見つけた」


 そう笑ったと思ったときには、わたしの手を引いて人の波から離れていた。

 廊下を過ぎて、階段を上る。すごいスピードで、転びそう。そのうちに、足がふわりと浮いて宙を飛んでいた。


「せ、先輩! あの、これは、一体……⁉︎」


 黒い翼が羽ばたいて、風を切っていく。すれ違う生徒たちには、見えていないみたい。まるで、本物の悪魔になったようだ。

 屋上へ出て、ストンと地に足をつける。手は繋いだまま、夜宮先輩はわたしの髪を整えてくれた。


「急にごめんね。誰にも聞かれたくない話があって」


 怖いはずなのに、なんだか胸がドキドキしている。ジェットコースターに乗ったあとと似ている気がする。


「僕が悪魔だってことは、もう知ってるよね?」


 とまどいながらも、わたしは小さくうなずいた。


「天塚家のことは、先祖代々注目しててね。まあ、敵視って言うのかな」


 話す先輩の肩に、ぽわんと何かが現れた。紫色のマリモみたいな形。真ん中に、丸い目がふたつついている。


「悪魔と天使が協定きょうていを結んでいた時代もあったようだけど、今はほぼ、ないに等しい。だから、リリアに協力してほしくて」

「……わたし……ですか?」


 目を丸くすると、小さな生き物がピョコンと跳ねた。

 さっきから、気になって話に集中できないよ。


「僕と結婚してくれたら、仲違なかたがいしなくなるんじゃないかなぁって」

「けっ、結婚⁉︎」

「今すぐとは言わないよ。それに、まだやらなきゃならないことはたくさんあるんだ。最近……」


 思いもよらない言葉に驚いていると、屋上の壁と夜宮先輩の体に挟まれた。いわゆる壁ドンというやつをされて、身動きが取れなくなる。

 な、なにが起こってるの〜?


「最近、リリアのまわりで、妙なことが起きたりしてない? 例えば、誰かにつけられてるとか」

「わ、わかりません。だって、天使や悪魔のこと、知ったのも昨日だし」


 しどろもどろになりながら、目を泳がせる。近すぎて、目を合わせられないよ。


「そうなんだね。なにかあったら、僕を呼んで。必ず助けに行くから」

「……え?」

「お、おまえら!! こんなところで、な、何してんだよ! くっつきすぎだ!」


 バタバタと騒がしい音を立てながらレオがやって来て、わたしたちを引き離した。いつのまにか、浮かんでいた紫のマリモが消えていた。


「……や、やだ! なんでレオが?」

「私もいますよ」


 レオの後ろから、ひょこっとトーコちゃんが顔を出す。

 先輩と教室から出て行くのを見て、心配になってついて来たらしい。飛んでいたから、全く気づかなかった。

 もしかして、二人の存在に気づいて、聞こえないようにあんなことを?

 チラッと夜宮先輩の方へ視線を向ける。


「またね、リリア」


 頭をポンとなでられた拍子に、キラリと光るものが首元に見えた。

 ……えっ、なんで?

 夜宮先輩が立ち去ってからも、優しい微笑みの裏で、ぐるぐると頭の中を回っている。

 一瞬しか見えなかったけど、エメラルドグリーンのネックレスをしていた。盗まれた涙形と同じ。

 たまたま似ていただけかもしれない。

 でも、夜宮先輩は不思議なことだらけだ。ずっと前から知ってるとか、約束とか。


 ──やっぱり先輩が、わたしの宝物を盗んだ、初恋の人なの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る