2、悪魔のミッションデート⑴

 誕生日プレゼントでもらった花柄のポーチはカバンにしのばせて、リップはさっそく塗ってみた。ほんのり桜色になって、顔がはなやかに映る。

 気分だけでも上げておかないと、今日を乗り越えられる気がしない。朝からあんなことを知らされたら、足が重くもなるよ。

 わたしは天使で、夜宮先輩が悪魔。まだ信じられなくて、自分の立場を飲み込めないでいる。


 家を出てすぐの坂を下っていると、後ろからお父さんの声がした。途中まで仕事の道と同じだから、時間によっては重なることがある。


「ごめんな、リリア。大変な役目を任せて」


 ううんと首を横にふるけど、何も言えない。

 お父さんたちのせいじゃない。家系なのだから、仕方がないこと。

 でも、もしもわたしが悪魔を見つける仕事をしなかったら、どうなるんだろう。翼が見えないことにしたら、あきらめてくれるのかな。


 坂を降りたところで、叫び声が耳に入った。駄菓子屋の前にカラスが群がっていて、その中心に小学生の男の子がいる。帽子を取ろうと口ばしでつついたり、服を引っぱったり。

 どうして、あんなに寄ってたかって攻撃しているの? まだ小さくて、抵抗もできない子に。


「助けてあげないと!」


 わたしより先に、お父さんが走っていた。仕事のカバンでカラスを追い払うと、男の子は泣きながら逃げて行く。

 見たところケガはなさそう。よかった。

 ホッとしていると、駄菓子屋の中で誰かが立っているのが見えた。この店のおばあさんだ。


「……うそ?」


 騒がしいから、出てきたのかと思った。

 けれど、そのしわだらけの口が悔しそうにゆがめたのを見逃さなかった。

 しかも、あったの。おばあさんの背中に、黒くて大きい悪魔のしるしが。


「あの店主、あやしいな。ターゲットなのか?」


 コソッと話すお父さん。黙っていると、おばあさんはポケットからなにか取り出して、手のひらの上で転がし始めた。

 あちこちから紫色の煙があらわれて、黒い石のようなものに吸い込まれていく。今のは、なんだったの?

 チラリとこっちを見て、おばあさんはニヤリと笑う。

 捕まえられるものなら、してみろ。そう挑発されているみたいだった。


「……あの人、悪魔だよ」


 ポツリと言う。放っておいたら、いけない気がしたから。


『天より生まれしのろいの星よ、き放て』


 中指についている指輪を前に出して、お父さんが呪文じゅもんをとなえる。その光はたちまちおばあさんを包み込んで、


『フィーニス!』


 跡形あとかたもなく消してしまった。

 ガランとした店内。最後におばあさんが振り返って、あざ笑う表情をしたのが忘れられない。


「……あの人、どうなっちゃったの?」

「この天使の指輪リングの中に、封印されたんだ。これで、二度と悪事はできない」


 この駄菓子屋では、近年不気味なことが起こるとウワサが絶えなかったらしい。

 カラスに襲われたり、道に迷って何度も来てしまったり。とつぜん人が倒れて、病院へ運ばれたこともあったようだ。一ヵ月の間に、何度も。

 全部、おばあさんの仕業だった。不幸のオーラを吸い取って、栄養にしていたんだって。さっきの黒い石は、そのための道具だったのかな。

 そして、封印これがデビルハンターの仕事……。


 お父さんとは、少し行った角で別れた。大丈夫かと聞かれたけど、平気と答えたからしっかりしないと。

 ふらふらと歩きながら、足がもつれる。

 目の前であんな光景を見せられたから、腰が抜けちゃったみたい。

 近くにあったバス待合室で少しだけ休憩きゅうけいして、わたしは学校へ向かった。

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