1、夜空に浮かぶ王子さま⑷

 ──真っ黒だ。


 朝起きたら、お父さんとお母さんがご飯の前に座って待っていた。二人して全身黒い服を着て、まるでお葬式みたい。

 いつもならバタバタ準備をしているのに、あらたまってどうしたんだろう。


「リリア、十三才の誕生日おめでとう」


 お父さんが、ミントカラーの包装紙に、パステルむらさきのリボンがついているプレゼントを渡してくれた。

 今日はわたしの誕生日だ。すっかり忘れていた。


「わぁ! ありがとう! 今、見ていい?」


 中を開けようとして、お母さんの手に止められる。


「リリア、その前に来てほしいところがあるの」


 ……なんだろう。急に空気がピリピリし出して、パジャマのズボンをギュッと握る。

 二人は目で合図し合って、土間収納どましゅうのうへ入った。指で床になにかを書くと、ぼんやりと扉が浮かび上がってくる。まるで魔法をみているみたい。


「えっ、どうなってるの?」

「いいから、ついて来なさい」


 奥には階段が続いている。わたしは言う通りに、お父さんのあとを追った。

 アニメで見たことがある。思ったとおり、その先には地下が広がっていた。

 朝なのに、全く光は入っていない。ランプに灯りを点すと、ようやく辺りが見えてきた。

 宝箱のような箱がみっつ置かれていて、まわりの壁にはお札みたいな紙が貼られている。

 家の中に、こんな場所があったなんて知らなかった。


「この部屋はなあに? なんか、ちょっと怖い」


 となりに立つお母さんの腕にしがみつく。


「あなたが十三才になったら話そうと思っていたことがあるの。今から話すこと、よく聞いて」


 小さくうなずくと、黙っていたお父さんが口を開いた。


「この世には、悪魔と呼ばれる人ならざる者が身を隠して生活している。やつらは、人の不幸なオーラを食べて生きているんだ」


 ……悪魔。

 両親から出たその言葉に、どくんと心臓が大きく揺れて、手の汗がじわじわ強くなる。

 そんなウワサを聞いたことはあった。オバケや妖怪みたいなもの。単なる都市伝説の話だって、学校の人たちは笑っていた。

 この世に存在するはずがないって。

 ただ一人、トーコちゃんをのぞいて。


「災いが続く場所には、悪魔がいると言われているの。だから、私たちのような家系が人間を守っているのよ」

「わたしたちの……カケイ?」


 首をかしげると、お父さんはお母さんと目を合わせて、静かに言う。


「天塚家は、天使の子孫しそんだ。悪魔を封印できるゆいいつの家系のひとつ。そして、人と悪魔を見分けられるのは、そこに産まれた子どものみ。しかも、十三から十八歳頃までの思春期のうちだけだ」


 壁にかけられている紋章もんしょうを外して、わたしに見せる。天使の羽根がついた、とてもキレイな模様。

 頭の中にハテナがいくつも浮かんでいる。

 悪魔は存在する? わたしが天使の家系⁈ なにがなんだかワカラナイ!

 しかも、悪魔を封印する役目があるなんて……。


「……そんなこと、いきなり言われても」

「リリアにも見えるようになるわ。大きくて、とっても美しいカラスのような黒い翼が」

「黒い……つばさ?」

「悪魔のしるしよ。見つけたら、すぐ教えてね。その悪魔を封印しなければならないから」


 思い出したのは、夜宮先輩の背中に見えたもの。真っ黒で立派な翼が生えていた。

 時間を止められるなんて、普通じゃないとは思ったけど。

 まさか、悪魔だったなんて──。


 七年前の初恋の泥棒は、やっぱり先輩なの?


『このことは、誰にも話しちゃイケナイよ。僕たちだけの秘密』


 昨日の話を思い出して、そうかもしれないと青ざめていく。

 言えない。言ったら、先輩が封印されちゃう。

 だけど、わたしには悪魔を教える役目がある。

 真剣な顔のお父さんとお母さんを見ながら、ごくりとツバを飲み込んだ。

 わたし、これからどうしたらいいんだろう。

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