第19話「元の世界と異の世界」

霧の谷をさらに進んでいく中で、カヨと広瀬は疲労と不安に押しつぶされそうになっていた。過去の影との邂逅で、自分たちがこの世界に呼ばれた理由を少しだけ理解したが、それでもまだ覚悟が決まらないままだった。


「カヨさん、大丈夫?」


広瀬が心配そうに声をかける。カヨは無理に微笑んでみせるが、その笑顔にはどこか力がない。


「うん、大丈夫…だけど、なんだか…」


カヨの言葉はそこで途切れ、彼女の心は一瞬、元の世界に飛んでいた。




――――――元の世界――――――


カヨはあの忙しいオフィスの中で、いつも通りの業務をこなしていた。デスクに山積みになった書類、鳴り続ける電話、上司からの指示…その全てが日常の一部だった。平凡なOLとしての生活は、決して刺激的ではなかったが、それが彼女の安定した日常だった。


「カヨちゃん、これ、今日中に仕上げてくれる?」


同僚が笑顔で書類を渡してくる。カヨは少し疲れた笑みを浮かべて「もちろん、頑張るね」と答えた。周囲には優しい同僚や気遣ってくれる上司がいて、彼女はそれなりに満足していた。


「カヨさん、今日は飲み会行く?」


仕事が終わった後、同僚から誘われる飲み会。カヨは少し迷いながらも、結局断りの言葉を選んだ。


「ごめんね、今日はちょっと疲れてて…また今度ね」


カヨは一人で家に帰り、静かな部屋で一息ついた。疲れた体をソファに預けながら、彼女は何かが足りないと感じていた。平凡で安定した生活の中に潜む漠然とした空虚感。それは、この異世界に来る前から彼女の心に存在していたものだった。




――――――異世界――――――


「…カヨさん?」


広瀬の声が現実に引き戻した。カヨはハッとし、再び自分が今いる場所を確認する。ここは異世界であり、彼女はただのOLではなく、何か重大な使命を背負わされている存在だ。


「ごめん、ちょっとぼーっとしちゃって」


カヨは照れ隠しのように笑いながらも、心の中ではまだ迷いが消えていない。彼女は自分が本当にこの世界で必要とされているのか、そして自分がこの役割を果たせるのか、自信を持てずにいた。


「カヨさん、無理しないで。私も正直、まだ迷ってる…でも、ここで何もしないでいるのは、もっと怖い」


広瀬もまた、自分の中にある不安と戦っていた。二人は、平凡な日常から突然この異世界に引き込まれ、全く違う環境で戦わなければならないという現実に直面している。


「広瀬さん、私…元の世界ではただのOLだったの。仕事もそれなりにやってたし、同僚も優しかった。でも、なんだかいつも満たされない気持ちがあったんだ」


カヨは広瀬に自分の心の内を打ち明けた。元の世界での生活は平穏だったが、どこかで何かもっと大きなものを求めていた自分がいたことを。


「もしかしたら、この世界でその答えを見つけるために呼ばれたのかもしれない。でも…怖いよね」


カヨの言葉に広瀬は深く頷いた。二人ともまだ、この世界で自分たちが果たすべき役割を完全に理解しているわけではなかった。


「でも、カヨさんがいるから私は頑張れるよ。一人じゃないし、私たちならきっと何とかなる」


広瀬が優しく微笑むと、カヨも少しだけ笑顔を取り戻した。


「ありがとう、広瀬さん。私たち、一緒にこの世界の謎を解き明かそうね」


そう言いながら、カヨは少しずつ自分がこの世界で何を成し遂げるべきなのかを考え始めた。まだ覚悟は完全にできていないが、少なくとも一歩一歩進んでいくことを決めた。


元の世界で感じていた空虚感が、この異世界での経験を通じて何か新しい意味を持つかもしれない。カヨはその可能性を信じて、広瀬と共に次のステップに進もうと決意した。


これからの試練が二人をどのように変えていくのかはわからないが、少なくとも彼女たちは今、前を向いて進んでいくための勇気を持っている。

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